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会見終了後に、廊下を歩きながら井出は自分の足元が定まらないことを感じていた。桜井から着信が何度か来ているが出る気にもなれなかった。
井出は歩きながら考える。
身長計は171.4センチを示した。
周囲の人間がスマートフォンの身長測定が可能なアプリで測ったときも、近似値を示していたという。つまり、身長計が細工されていて身長を水増ししていたということはないだろう。
では19歳のときに166センチだった彼女が、24歳時点で5センチも伸びて171センチになったというのか。女の身長がそんな年齢から数センチも伸びるなんて聞いたこともない、井出は首を横に何度か振った。
「あ、井出監督」
ハッとなり顔をあげると前から三人の女性が歩いてい来る姿が見えた。
その中の一人が遠藤七海だった。あとの二人は関係者だろうか。
「すいません、監督にもご迷惑が掛かってしまいましたか?」
遠藤の申し訳なさそうな表情どこまで額面通りに受け止めるべきか井出にはわからなかった。
彼女は今回の話の出どころをどう考えているのかわからなかったからだ。
当たり障りのない会話をしたあとに、
「また機会があったら、そのときはお願いします」
長い黒髪が揺れ、遠藤七海は浅くお辞儀をした。
顔を上げたときの大きな瞳と目があったとき、井出は背筋に寒いものを感じた。睨まれたわけでもなく、優しく微笑むその瞳こそが怖かった。
遠藤七海はそれ以上、何も話すことはなく井出の横を通り過ぎていった。彼女の関係者らしき二人も続いていった。
そのとき井出は、一人、見覚えがあることに気が付いた。
「あ……」
一文字、声をだしたとき、遠藤たち三人が振り返る。遠藤ではない赤茶色のショートカットの女性の顔を井出は見た。
「君は……前に私の映画の……スタイリストで参加してくれてたね?」
「はい。覚えていただけてたんですね。ありがとうございます」
「いまは遠藤さんのスタッフになっているのか?」
「はい、スタイリストで参加させていただいてます」
そうか、頑張ってと声をかけ、三人は去っていった。
井出もまた歩き始めた。
しばらくしてから井出は思い出した。
あの赤茶色のスタイリストは、5年前の『光のラビリンス』に参加していたスタイリストであるということを。
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