呪われた銃弾

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呪われた銃弾

 拳銃に限らず、覚醒剤など不正押収だけなら多かれ少なかれどこの警察でも関わっている警察官はいるだろうし、時にはニュースにもなっている。実際に、北海道警のエースと呼ばれた警察官が暴力団から拳銃を買い取っていた有名な事件もあった。  しかし、甲斐が独自に捜査し保存していた不正押収の内容は、今までの不祥事とは明らかに悪質性のレベルが違うものだ。  保存されているファイルの一つには、不正の手口や関わった警察官の所属と氏名、後藤組と愛田精密工業の役割などを詳細に記した告発文書が残されている。  告発文書によると、県警本部の刑事部や生活安全部の一部警察官を中心に『裏共済組合』が組織され、になれば不正の片棒を担ぐ見返りに、不正押収のノルマが達成できる仕組みができあがっていた。  その手口は、押収品の使い回し。  群馬県警では、押収した拳銃は県警本部の刑事部鑑識課に回され、メーカーや口径、形式、寸法、銃の名称やシリアルナンバーを記録し写真に納める。    その後試射で殺傷能力を確かめると、銃弾の検証だ。弾頭の線条痕や薬莢に残された撃針痕の他、自動拳銃の場合は排挾痕を測定、確認しデータベースと照合する。証拠品として残しておく必要が無ければ、廃棄処分され終わりだ。  廃棄処分は警察官立ち会いの下、専門業者によって溶解処理後にマニフェストが発行され、適正に処分された証拠として残されている。  だが、鑑識課の中にも裏共済組合の組合員は潜んでいる。彼らは押収拳銃の3Dデータを密かに愛田精密工業へ流していた。  借金で首が回らなくなっていただけでなく、違法賭博で検挙されていた愛田精密工業は、組合員と後藤組の言いなりだ。受け取ったデータを取り込むと、実弾射撃には強度的に耐えられないが、本物と見まごうばかりの複製品を金属3Dプリンターでを製作して組合員に納入していた。    組合員は廃棄拳銃と複製品をすり替えれば、何度でも拳銃を使い回せる。  また、実銃同様に可動する、経年劣化まで再現 した精密な模造品は廃棄物業者にとって想定外、本物との見分けは不可能だった。  しかし、問題になるのが線条痕やシリアルナンバーを始めとする銃や弾丸のデータだ。再び押収拳銃として調べられれば、廃棄されたはずの拳銃であることは一発でばれる。  だが、不正に関わるのは押収を装う警察官から鑑識作業、廃棄立ち会いまで組合員だった。彼らが使い回しの押収銃を担当し、シリアルナンバーや刻印は削り取ったり打ち変えるなどの細工を行う。そして後藤組がフィリピンから大量に持ち込んだ発射済みの弾頭と空薬莢の中から適合する口径の物を選んで組み合わせ、試射を装った後にデータベースに入力してしまえば良い。  それでも組合員は確実に秘密を共有できる者に限られるから、人数は少なかった。  そして鑑定を組合員に振り分けることが出来きていたということは、それなりの地位と階級に就くものが裏共済組合のトップにいるのは間違いないだろう。  もっとも、実際に使い回せるのは押収した拳銃の約十から二十パーセント。だが、これを繰り返してきたことにより、組合員のノルマ分は十分ストックが出来ていた。そもそも押収のノルマさえ達成すれば、どんな銃だろうが誰も文句など言わない。  組合員である警察官はノルマが達成でき、勤務評定も上がる。当然警察内部での発言力も上がり、批判も受けにくくなる。後藤組は捜査情報の入手や違法行為を見逃してもらえる。そして潰れかけていた愛田精密工業は違法賭博の借金帳消し。を持つ呪われた一発の弾丸が持ち込まれるまで、全員の利益は一致していた。    他のファイルには、告発内容を補完するような写真や動画、音声などが残されていた。その多くは隠し撮りや、中には不法侵入など違法に入手したものも含まれていた。これらに証拠能力があるかは一斗に判断はできなかった。  また音声データの中には、公表を迫る甲斐と拒む上司と思われる男との言い争いも残っている。懐柔や恫喝で甲斐をとどまらせようとする上司に対し、甲斐はあえて名前と役職を呼んで抗っていた。恐らく録音データに相手が誰なのか残す意図があったのだろう。  そして甲斐が殺された理由が、公表を迫ったことにあったのは間違いない。それは裏共済組合でも押収拳銃の再使用でも無く、呪われた一発の銃弾。この曰く因縁は三十年近く前に遡る。  かつて東京都で起きた、三名もの被害者を出した強盗殺人事件。しかも被害者はアルバイト店員やパート社員で全員女性だった。  現在も未解決のその事件で使われたのは、米国コルト社のディテクティブスペシャルをコピーしたフィリピン製のリボルバー、スカイヤーズビンカム。  後に覚醒剤所持で逮捕された元暴力団員が、線条痕の極めて近い同型拳銃を所持していたが、完全に一致はしていなかった。  事件発生直後から懸命な捜査が続けられ、中日混成強盗団、殺人や強盗の前科のある日本人、現場に残された指紋の一部が一致した日本人などの容疑者が捜査線上に浮かんだものの、決定的な証拠は無く現在に至っている。  だが二年前、不正に使い回した押収拳銃に組み合わせた弾丸の線条痕が完全に一致したのだ。  実際、海外から持ち込まれる拳銃も多数あるが、逆に国内から持ち出される拳銃も一定数あった。甲斐の予想では、フィリピンから持ち込まれた拳銃が事件で使われたあと、何人かの手を経て再びフィリピンに戻り、観光客相手の射撃場に売却されたのではないかと言うことだった。  甲斐はすぐにでもフィリピンに捜査員を送り、拳銃の押収と入手ルートを調べるべきだと主張していたが、それをするには事件の捜査本部のある警視庁との調整も必要だ。まさか押収をでっち上げるために拳銃を使い回し、暴力団経由で使用済みの弾丸を入手していたなど言えるはずがなかった。  事件から三十年近く経ち、被疑者の多くが亡くなってしまっている今となっては、事件当時誰の手にこの拳銃が握られていたかはわからない。しかし、被害者遺族の感情を考えれば、黙っていることなど考えられないだろう。  だが裏共済組合は、自分達の悪事が表沙汰になることを嫌い、持てる人脈をフルに使って、弾丸の入手やでっち上げの押収自体を無かったことにした。  それでも真実を知り公表を迫る甲斐は罠に嵌まり、呼び出されたDメッセで命を落とすことになる。    
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