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「本当にここで寝るんですか……」
一斗は最後の抵抗をみせた。
「寝具があるのは私のベットだけだから、当然そういうことになるわね」
一斗が体を求めて来る可能性を考えない訳ではない。一緒のベッドに入り体が触れれば、男の子の生理として自制が効かなくなるかもしれないのは有希子にも分かる。それならそれで構わないと思うが、おそらく一斗は事件の真相を知るまで手を出さない。根拠は無いが、そう確信していた。
「眠れないの?」
一斗はベッドの端で背中を向けているが、心臓の鼓動が手に取るように分かる。
「この状況ですぐに寝られるくらい神経が鈍ければ、とっくに襲っています」
「襲ってきても良いけどね」
「駄目です。体の関係ができたら無意識に有希子さんが喜ぶ情報を選んで、事件の真相に手が届かなくなるかもしれないから。それに……」
「それに?」
一斗は僅かに躊躇い、恥ずかしそうに言った。
「特別な人だから」
一斗が愛おしくなった有希子は、思わず後ろから抱きしめた。
「ありがとう。私も……」
言いかけた直後、有希子のスマートフォンが鳴動した。
「もうっ!」
タイミングの悪さにイラッとしながら画面を見ると、仁木からの電話だった。
「今いいところなの! あとで掛け直します!」
電話を切りかけた。
「待て、切るな! お前ニュース見てないのか?」
「ニュースって?」
「見れば分かる。こっちから掛け直すが、いいところってまさか柊木か?」
さすがは刑事、勘がいい。有希子は無言で電話を切った。
「仁木さんからですか?」
一斗も起き上がり、有希子と並んでベッドに座った。
「うん。ニュースを見ろって、珍しく慌ててた」
とりあえずリビングに移動し、テレビのスイッチを入れた。
地上波ではニュース番組の放送時間を過ぎているのか、どこの局もバラエティ番組しかやっていないため、CS放送のニュース専門チャンネルに切り替える。
『昨夜午後十一時過ぎに、群馬県高牧市で暴力団の本部事務所が爆破され、多数の死傷者が出ている模様です。現場からお伝え致します。橋本さん、お願いします』
スタジオのニュースキャスターから、高牧市内へと映像が切り替わった。
高牧駅西口の繁華街から僅かに外れた一角にある、高い塀に囲まれた要塞のような二階建ての本部事務所が爆破され、煙が上がっていた。炎は消し止められたようだが、周囲の家屋も壁や窓ガラスに大きな被害が出ているのが分かる。消防車やポンプ車、はしご車と共に救急車が数台待機してた。
『はい。こちらは群馬県高牧市に本部を構える暴力団、後藤組本部兼事務所前からお伝えします。現在午前一時二十分、ようやく火は消し止められましたが、被害の状況は分かっていません。今警察官が多数現場に入って行きましたが、爆発に巻き込まれなかった組員と小競り合いになっています』
野次馬を後ろに、規制線の外から橋本と呼ばれたリポーターが緊張した面持ちでマイクを握っていた。
『爆破されたということですが、暴力団同士の抗争なのか、また爆発物について分かったことがあったらお願いします』
スタジオからの問いかけにうなずき、橋本が原稿と思われるメモに一度目を落とした。
『はい。今月は後藤組長の誕生日が来るとのことで、知人から花などが送られてきたようで、その中に爆発物を紛れ混ませていたと思われます。また、最近は抗争に発展するようなトラブルは無かったようです。現在、花を送った人物の特定を急いでいるとのことです』
『こちらには、後藤組爆破に続いて同じ市内のコンビニエンスストアで、車両が爆破されたとの情報が入っていますが、そのあたりはどうでしょうか?』
『はい。爆破された車両の持ち主が先ほど判明しましたが、高牧警察署に勤務する組織犯罪対策係の警察官で、現場から逃走したとのことです……。あ、ちょっと待ってください。たった今、車両の持ち主である警察官が組事務所爆破に関与した可能性があるとのことで、重要参考人として手配されたとのことです!』
スタジオでは、キャスターが色めき立っていた。
『続いて、車両が爆破されたコンビニエンスストア前から、進藤さん、お願いします』
画面がコンビニに切り替わり、女性リポーターがマイクをとった。
『はい。重要参考人として手配されていた警察官ですが、どうやら逮捕状が発行されたようです。繰り返します。爆発物取締法違反の容疑で、現職の警察官に逮捕状が出ています!』
映し出されたコンビニの駐車場では、仁木のベンツが爆破され黒焦げになっていた。
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