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運命共同体
「二年前の事件、どうやら本当に裏があるみたいね」
有希子は黒焦げになった仁木のベンツを見て唇を噛んだ。一斗が失った記憶を取り戻すために現れてから、徐々に動きを見せていた敵がなりふり構わず勝負に出たように思える。
「仁木さんは嵌められたってことですか?」
「たぶんね。確かに正義感溢れるような警察官じゃなかったけれど、どんな事情があろうがいきなり組事務所を爆破するほどイカれてはいないわ」
「そんなことをしたら、どんな報復が待っているかわかりませんからね。それに、自分には県警本部の監視が付いていると言っていましたが、それが二年前の事件に関係しているなら、個人的に調べていた仁木さんや後藤組にも監視が付いていなければ意味がないですよね」
一斗の疑問はもっともだった。
「でもまだ何も分かっていないよ。それと知らずに仁木さんが虎の尾を踏んだってこと?」
考えても仕方ないが、もし仁木が何か掴んだのなら……。有希子が仁木の無事を祈ったとき、再びスマートフォンが鳴動した。仁木からの電話だ。
「ニュースは見たか?」
単刀直入に聞かれた。
「見たよ。仁木さん、怪我とかしてないない? 大丈夫なの?」
「大丈夫だ。スマホの電波ですぐにこっちの場所は特定されるから手短に聞くが、お前たち、二年前のことで何か掴んだのか?」
何も手にしていない有希子たちに聞いてくると言うことは、仁木もまだ真実に近づいていないということだ。
「ううん、仁木さんが何か掴んで殺されかけたのかと思ってた」
電話の向こうで仁木が唸っているのが分かる。
「分かった。申し訳ないが今日の夕方、今から言う場所に柊木と来てくれないか。どうせ一緒にいるんだろう? ちょっと代わってくれ」
有希子は一斗にスマートフォンを渡した。
「仁木さんが代われって」
うなずいた一斗が電話を代わった。
「場所は有希子に言ったから、お前が運転して来てくれ。最初に会った日に、尾行の撒き方は覚えたよな?」
二人で有希子の家に行った時のことだろう。信号のタイミングの使い方などを覚えている。
「はい。でもNシステムの場所はナビで大体分かりますが、信号機に付いているカメラは大丈夫ですか?」
「あれは交通状況監視用がメインで、県警の交通監視センターでモニターしてる。だが、交通量の多いところならリアルタイムでの洗い出しは難しいはずだ。Nシステムを避けながら、なるべく大通りかカメラの無さそうな道路を使え」
「分かりました」
「分かっていると思うが、絶対に妙なことはするなよ。有希子と一緒に殺されるぞ。お前が死んだら真相には辿り着けなくなる」
「大丈夫、有希子さんもいるから無茶はしません」
通話を終えた一斗は、スマートフォンの画面を拭いてから有希子に返してきた。
「仁木さん、まだ何も掴んでいないみたいだね」
「そんな感じでしたね。だとしたら、関係者で可能性があるのは後藤組だと思います。いずれにせよ、仁木さんと会って話をすれば、何か分かるでしょう。本人も殺されかけてるのだし、全く心当たりが無いとは思えません」
一斗の言う通りかもしれない。だが、有希子には別の迷いが出てきた。
「仁木さんは一緒にって言ってたけれど、一斗は行かない方がいいと思うんだ」
「犯人隠避、ですか?」
即座にこういう可能性に気が回るところも、兄と重なって見える。実際、逮捕状が出ている仁木とこっそり会えば、犯人隠避の罪に問われる可能性が高い。まして一斗と有希子は事件関係者だ。逮捕して動きを封じる恐れは十分ある。
「一斗はまだ二十三歳、しかも国立大学の学生なんだよ。人生の可能性は無限にある。こんなことで前科が付いたら、取り返しがつかないよ。少なくとも私は、一生後悔する」
「ありがとう。でも」
穏やかに言った一斗が腕を絡ませてくる。今までのように遠慮がちではなく、強い力でぎゅっと抱き締められた。頬が密着し、耳元に一斗の息吹を感じた。
「甲斐さんと有希子さん、二人がいなかったら自分は暗闇の中で一生を終えていました。たとえ前科が付いても、自分はいただいた瞳で人生を切り開いて見せます。それに、好きな女性を置いて逃げるような男になるつもりも、後悔させるつもりもありません」
兄の角膜を提供した日から、こうなる運命だったのかもしれない。初めて会った瞬間から惹かれていたことを自覚した有希子は腹を括った。
「分かったよ。だからお願い、私を一人にしないって約束して。もう二度と大切な人を亡くしたくはないから」
滲んだ涙を一斗の指が優しく拭う。どちらからともなく唇を合わせた。
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