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翌朝、アレンに急かされて寝不足の一斗と有希子は目覚めた。
「おはよう」
もう一度抱き締めたくなるのを我慢し、有希子とアレンに挨拶をして起き上がる。寝乱れたシーツと布団を直し、交代でトイレと洗面所を使った。
テレビをつけ朝のニュースを見たが夜から大きな進展はないようで、仁木の消息も不明だった。もっとも、警察が情報統制をかけている可能性もあるだろう。
有希子が朝食を作り始めると、卵とベーコンの焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
「食パンだけど、何枚食べられる?牛乳は温める人?冷たい方がいいかな?」
キッチンから有希子が聞いてきた。二枚の食パンと温めた牛乳をリクエストした。アレンはドッグフードに新鮮な水だ。
「いただきます」
肉親以外に作ってもらった朝食を食べるのは久しぶりだった。
「仁木さんとの約束は夕方ですよね。それまでどうしますか」
午前中はアレンの散歩のあと甲斐の部屋を確認するとしても、午後の時間が少し半端だ。
「一斗の判断に任せるよ。結局のところ、二年前の真相を掴むのが唯一の解決方法だと思うし」
「それなら、あえて動きを見せますか」
「大丈夫なの?」
有希子が心配そうに見つめてきた。
「仁木さんの話が正しければ自分達を監視しているのは県警本部で、あくまで秘密裏の行動だった気がします。それが爆破なんて派手な方法に突如変わるとは思えません」
「じゃあ、仁木さんを殺そうとした犯人は別ってこと?」
「たぶん。だから県警本部に監視されているとしたら、そうそう手は出してこないと想います。関係者を続けて襲うようなことをしたら目立ちすぎますから。もちろん、昨日付けられたGPSは仁木さんと会う前に外しますが」
明確な根拠も確証もないが、大きく間違ってはいない自信はある。一斗は最後に残しておいた一切れのベーコンと目玉焼きの白身を口にした。
「それより、昨夜はすみませんでした」
「もし私としたことを言っているなら張り飛ばしてやるから」
「いえ、自分がずっとうなされていたから、あまり眠れなかったでしょう?」
自分に課していた禁忌を破ったせいか、いつもの夢とは違う記憶が現れてうなされる一斗を、有希子は一晩中抱き締めていてくれた。もしあれが甲斐の記憶なら、殺されるかもしれないのを分かった上でDメッセに向かったことになる。夢で見た、眠っている有希子とアレンを心配そうにずっと見つめ、恐怖を抑えつけて出ていった甲斐の気持ちを思うとやりきれなかった。
「怖くなった? それとも怖かったの?」
有希子が聞いているのも、一斗の気持ちなのか、甲斐の記憶なのかだろう。
「甲斐さんは相当な覚悟で、もしかしたら二度と戻れないのを承知でDメッセに行ったのだと思います。もちろん多少の怖さはあったでしょうが、それなりの心構えだっただろうから、想定外だったはずの自分がいなかったら、甲斐さん一人なら逃げられたかもしれません」
今の有希子に嘘はつきたくなかった。
「一斗は何も悪くないのだから、気にしちゃ駄目。それに、自分の想いを託せるだけの男だと認めたから、兄貴は一斗に記憶を預けたのだと思う」
指を絡ませてくる有希子の温もりが、一斗の心の支えになった。
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