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部屋の中はフレームだけのパイプベッドと机、椅子。生活感が無いせいか、ガランとして見える。
壁に掛かるカレンダーは、二〇二二年四月のまま時が止まっていた。何となくパラパラとめくると、法事の予定や両親の命日、アレンの誕生日などが記入されている。九月八日の欄には、有希子誕生日と丸印と共に書かれていた。
「有希子さん、九月八日が誕生日なんですね。それまでに解決させてお祝いしましょう」
「ありがとう。誕生祝いとか二年ぶりだよ。でも、プレゼントとか気にしなくても良いからね」
「お休みが取れたら、朝までお祝いですね。ところで、このベッドを借りられれば布団を持ってきますが」
「兄貴はこの部屋を出たまま戻らなかったんだ。同じことが起きるとは思わないけれど、出来れば一斗には私の部屋で過ごしてほしいな」
有希子の心配は理解できるし、本人が嫌でなければ有希子の部屋の方が居心地も良い。そもそも日中はリビングを使うのだから、あまり変わらないだろう。
「机とかクローゼットも見て構いませんか?」
「構わないよ。警察に殆ど持っていかれちゃったから大したものは残っていないと思うけれど、一斗の視点でどこでも好きなだけ見てくれる?」
有希子に断ってから、机の引き出しを開けた。有希子の言う通り全ての引き出しは空だ。外してみたが、裏側や背面にも何も無い。
机の上のブックエンドで仕切られたスペースには、法律書や鑑識関係の研究書、未使用の大学ノート。使いかけと思われるメモパッドには何も書かれていない。
書籍のページをめくっても勉強したと思われる箇所にマーカーが引かれているだけで、手がかりになりそうなものは無かった。
ペン立てに残る筆記具はボールペンやマジックにマーカー、シャープペンが数本。ばらしてみたが特に加工や細工はしていない。
ブックエンドの隣には、アレンを挟んで甲斐と有希子が並ぶ写真が入れられた、木製の写真立てが置かれている。
「それ、アレンの誕生日に撮ったんだ。兄貴に貰って職場の机に置いていたんだけど、あまりにもこの部屋が寂しいから持って帰ってきたの。兄貴が帰ってきたら、いつでもアレンと私が見られるようにって思ってね」
写真立てを手にした有希子が淋しそうに言った。
クローゼットを開けると数着のスーツとコート、ネクタイがクリーニング店のタグを付けたまま吊るされていた。ワイシャツはクリーニング済みの袋から出されることなく並べられている。掛かっている防虫剤は新しい物だ。
「スーツも持っていかれたけれど、帰ってきてからクリーニングに出したまま。縫い目まで調べられていたから、何も出ないはずよ。着ていた服は見てると悲しくなるから殆ど処分したけど、スーツは仕事している兄貴そのもののようで捨てられなかったの」
一番気に入っていたという一着をハンガーごと手に取った有希子が、何気なく一斗にスーツを合わせた。
「すごい、一斗に合わせて作ったみたいにぴったり。良かったら一斗が着てくれないかな」
スーツが触れた瞬間、再び頭痛と共に記憶が弾け、意識が飛んだ。
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