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アイコウ
仁木が指定した場所は、伊勢崎市の国道沿いに並ぶラブホテルの中の一軒だった。ワンルームワンガレージなどと呼ばれるタイプで、駐車スペースと部屋がセットになっている。利用料金や部屋のイメージは駐車スペースに表示されており、精算機も室内の出入口付近に設置されているので、誰にも会わずに入室から精算まで可能だ。
仁木から事前に指示されていた通り、駐車スペースを塞ぐ『使用禁止』と書かれたバリケードをどかすとバック駐車してナンバー隠しを置いた。ドライブレコーダーからマイクロSDカードを抜き取ると、入り口と反対にある『改修中』と書かれた出入口ドアを五回ノック、続けて三回ノックする。すぐに有希子のスマートフォンが着信音を鳴らした。相手は非通知だ。
「はい……。分かりました」
「仁木さんですか?」
有希子はうなずいた。
「一応周囲を確認してから入れって」
平日午後四時と時間が半端なせいか、他の駐車スペースにも空きが多く、ラブホテルという性質上周囲に人影は見なかった。警戒しながらドアを開けると、有希子と共に室内に入った。
「手間を掛けさせて悪かったな」
スーツの上着を脱いでベッドに座る仁木が、やつれた表情で出迎えた。爆破時の破片が当たったのか、顔や手に小さい傷がいくつか付いている。
「ここは……?」
仁木のことだからとりあえずの安全は確保しているのだろうが、一斗は確認した。
「ラブホに決まってるだろう。それとも入るのは初めてか?」
有希子が一緒のせいか、仁木がからかうように言った。
「そうじゃなくて……」
「昔ここのオーナーを傷害で逮捕した時、一人娘が小学校の入学式を控えていてさ、どうしても入学式に出たいって言うもんだから式が終わるまで待ってやったんだ。上司には内緒でな。出所してからは持ちつ持たれつの関係だ。信用はできる」
仁木が言うなら間違いはないか。
「何があったのか、まず仁木さんから教えていただけませんか?自分と有希子さんはここにくるのに、相応のリスクを負っています」
「犯人隠避に問われるかもしれないからな」
「それだけじゃなく、列車往来危険罪か威力業務妨害も付いてきます。道交法違反で免停も確実かと」
踏切には必ず監視カメラが設置されている。車種やナンバー、顔が撮影されているはずだ。
「途中で死にかけたんだからね」
一斗には怒れなかったせいか、有希子がここまでの経緯を八つ当たり気味に説明した。
「お前最高だな」
仁木は僅かに笑うとすぐに真顔に戻り、説明を始めた。
「後藤から電話があったんだ。来月から銃器押収の強化月間に入るのを知っていて、取引しないかってな。俺は押収の当てがあったし、甲斐のこともあるから断った。だが、奴は何かおかしい、甲斐の件で警察が動いているんじゃないかってビビってた」
「それって自分に付いていた行動確認とは別ですか?」
やくざの組長がその程度のことで怯えるとは思えない。
「関係はあるだろうが、動いていたのは多分別だ。本気で殺されるって感じだったよ。何しろ助かるなら、毎月拳銃でも覚醒剤でも出すって勢いだったからな。つまり奴は二年前のことで何か知っていたということになる。それで翌日に会って話を聞くが、ざっくりでいいから今話せって言った直後にドカンだよ。最後にアイコウって言い残してな」
「アイコウ?何か心当たりはありますか?」
それだけで仁木を殺そうとするとは思えなかった。
「分かんねえよ。ただ、後藤と最後に電話していたのは誰かはすぐに調べられるから、疑われる前に上司に報告したら、今度は俺の車がやられた。おまけに、いつの間にか後藤組に爆弾を送りつけたことにされている」
「仁木さんが死ななかったからでしょうね。甲斐さんが無実なら、それを証明できる脅威を排除したかった」
自分たちが本気で殺されなかったのは、どうせ何も出来ないと判断されたのかもしれない。だが、今の自分には甲斐がついている。有希子のためにも、自身の記憶を取り戻すためにも、舐められて引っ込んでいるわけにはいかない。
「今度は自分が話す番ですね。これを見て貰えますか?夢で見たコインロッカーを確認するため今日高牧駅へ行ったのですが、二人組に尾行されていたのでこっそり録画しました」
高牧駅で録画した動画をスマートフォンで再生した。
「お前、馬鹿なのか。後藤は殺され、俺が死ななかったのは単に運が良かっただけだ。下手に動くとマジに殺されるぞ」
「県警本部の行動確認がついているなら、そうそう手は出してこないと判断しました。仁木さんが知っている人が写っていれば、こちらから仕掛けることもできるんじゃないですか」
文句を言いながらもスマートフォンの動画を見ていた仁木の顔色が変わった。
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