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漏洩
「知っている人が写っているんですね」
仁木の反応を見る限り、間違いはないだろう。
「ああ。ただし、二人じゃねえ。四人だ」
「えっ?」
二人以外の尾行者には全く気づかなかった。
「お前らが気づいたのは所轄の奴らだ。一人は高牧署、もう一人は大田署の組織犯罪対策係にいる奴だな」
「あとの二人はどこにいるんですか?」
仁木の横に座り一緒に確認した。
「こいつらの後ろから、離れて監視している。こっちは前からお前についている県警本部の連中だ」
「どういうことです?」
「県警本部の動きが所轄に漏れている。お前が動き始めたのを把握していたのは県警本部だったから、その情報を所轄に漏らした奴がいるはずだ。所轄の狙いはお前だが、県警本部の本命は情報を漏らした奴とそれを利用している所轄だろう。警官を狙っているということは、県警本部で動いているのは監察官だ」
監察官は警察官の不正を取り締まる警察内部の警察官で、道府県警本部と警視庁の警務部の一部門だ。また、上部組織として全国七ヶ所の各管区警察局と警察庁にも存在する。
「自分の動きに絡んで監察官が所轄の警察官を監視するということは、二年前の事件に所轄の警察官が関与しているということでしょうか?」
「間違いない。それも関与していたのは一つ二つの所轄じゃ済まないかもしれないし、情報を漏らした県警本部の個人か部署も含まれるだろうな」
事件の闇の深さを認識しながら、一斗はマイクロSDカードに入れ換え、ドライブレコーダーの画像を仁木に見せた。三百六十度撮影だから、後方も写されている。
「こっちは県警本部の連中だな。しかしお前、無茶をするにも限度ってものがあるだろう」
踏切内での映像を見て仁木があきれて言った。
「この二人が所轄に情報を流している可能性は?」
「いや、それは無いな。二人とも、監察官の使いっ走りの監察官室員だ。俺も何度か行動確認をされたから見覚えがある」
仁木の行動を考えれば、服務規定違反や内部罰則違反で、所轄での教養だけでなく監察官質疑を受けていても不思議はない。
「これからどうするつもりですか?」
裏社会と繋がりがあるとはいえ、いつまでも隠れ続けるのは難しいだろう。
「一週間くらいはここに匿ってもらえるが、そのあとは分からないな。一応飛ばしのスマホを用意してもらったから、番号を教えておく」
「飛ばし?」
一斗の記憶に何かが引っ掛かる。
「多重債務者に他人名義で契約させたりした違法のスマホだよ。俺が用意してもらったのは半年分かそこらは口座に入金してあるから、しばらく使えるはずだ」
「それって、通話だけじゃなくネットも使えますよね?」
「当たり前だろう。うん? 何か気になることでもあるのか?」
一斗の様子がおかしいことに、仁木と有希子が気づいた。
「大丈夫? 辛くない?」
有希子に抱き締められながら、一斗は微かな記憶の糸を手繰り寄せようとした。
ラッシュアワーのトイレ……、デパートの紙袋……。
頭痛が始まり、意識が飛びかける。
「一斗! 戻って、お願い!」
「大丈夫か、おい!」
有希子と仁木の声で現実に戻され、徐々に意識がはっきりしてきた。
「すみません、もう大丈夫です」
有希子に寄りかかるように、深呼吸をして一斗は起き上がった。
「いつもこんななのか?」
仁木が有希子に聞いた。
「兄貴の記憶に触れるとね」
「甲斐の記憶?何で柊木に甲斐の記憶が分かるんだよ?」
仁木が不思議に思うのも当たり前だろう。
「大丈夫、仁木さんは信用できる」
根拠はないが何故かそう感じ、ためらっている有希子に言った。
「二年前の事件で、一斗が失明寸前だったのは聞いてる?」
「ああ。最初に会った時に聞いた」
「視力を取り戻すには角膜移植しかなくて、でも順番を待っていたら間に合わない状況だったの。それでも何とかしたくて……」
「まさか、甲斐の角膜を?」
有希子が経緯を説明すると、仁木が唸り声をあげた。
「だが、瞳に記憶が宿るなんて、にわかには信じられないな」
信じてもらえないのは当然だろう。まして仁木は刑事だ。必要なのは事実や客観的な証拠の類いであって、不可思議な現象ではない。
「悪夢を見たり甲斐さんの記憶に触れたりするようになったのは、角膜が定着して術後の経過が良くなってからなのは確かです。でも、有希子さんが動いてくれて甲斐さんの角膜を頂けなかったら、今の自分はありません。だから理屈じゃないんです。自分は有希子さんと甲斐さんの想いに応える、そのために甲斐さんは瞳の記憶を託したのだと思っています」
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