雲の中

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「そういえば、怯えていた後藤組長が最後に言ったというアイコウも気になりますね。無関係のはずはないだろうし」  一度しか会ったことはないが、坊主頭の手下を一喝した姿からは怯えているところなど想像できなかった。だが、車内でのやり取りが何故か記憶に引っ掛かる。 「そうだな。俺も当たってみるが、先入観を持っていないお前の方が正解を引き当てるかもしれない。何か思いついたら連絡してくれ。もちろん渡した名刺のスマホは処分したから、飛ばしのスマホに頼む」  後藤との会話を頭の中で再生するのに夢中で、仁木の話をよく聞いていなかった。 「聞いているのか?渡した名刺にある番号のスマホは処分したから通じないぞ」  仁木の言葉に記憶が一瞬解けかけたが、すぐに靄に包まれた。一斗は消え入りそうな記憶の糸を必死に手繰り寄せる。  後藤組長に電話番号を渡された時の会話を思い出した。『名刺は渡せねえが……』   悪用するなと渡された、私用スマホの番号が入った仁木の名刺。  記憶の糸が繋がりかけると同時に、フラッシュバックのように記憶が弾けた。  高牧駅前の居酒屋、久しぶりにジョッキを合わせる甲斐と仁木。私用スマホと支給スマホの二台をテーブルにおいている。 『支給スマホの番号が変わったから……』  記憶に引っ掛かっていたのは名刺か電話番号だ。 「どうした?聞こえてるか?」 「一斗?」 「大丈夫、ちょっと待ってください……」  二人の声で現実に戻された。教えられた電話番号や甲斐の電話には繋がりようがない。そうなると、鍵になるのは名刺そのものだ。  仁木から貰った名刺は今も持っている。問題は甲斐の名刺が残っているかどうか。 「甲斐さんと最後に会った時、名刺を渡されましたか?」  二人が会ったのは二年以上前だ。駄目で元々と仁木に確認してみた。 「そういえば、支給スマホの電話番号が変わったからって、新しい部署の名刺を貰ったな」 「今も持っていますか?」  仁木は名刺入れを探ると、テーブルに置いた。 「最後に貰った名刺だ。ずっと持ってる。これがどうかしたのか?」  一斗は自分が貰った仁木の名刺を並べて置いた。二年の隔たりがあるが、ほとんど変わり映えしない。  右に警察署名と所属部署、QRコード。中央に階級と氏名。左側上部に金色の旭日章が光り、その下には住所と代表電話番号、県警のホームページアドレスが印刷されている。 仁木の名刺の裏には手書きで私用スマホの電話番号が記入されているほか、よく見ると隅に小さく数字が振ってあった。 「この数字は何ですか?」 「悪用防止だよ。捜査関係者や聞き込んだ先でも結構な枚数を配るから、たまに成りすまして悪さをする奴が出てくる。だから何番は誰に渡したか番号を振ってチェックしておくんだ。お前に渡した名刺にも振ってあるぞ。同じようなことをしている警察官は珍しくないな」 「でも、甲斐さんの名刺には無いですよね。普通に考えればその場で番号を振るはずはないから、名刺を支給された時点である程度まとめて振っておくと思うのですが?」  その場で番号を書かれたら訝しむ者や、中には不快に思う者もいるだろう。 「確かにそうだな。俺もまとめて番号を振っておくから、渡す相手が知り合いや仲間内でも番号入りの名刺だ。面倒だからいちいち分けたりはしない」 「そう考えると甲斐さんの名刺は、仁木さんに渡すためだけの物の可能性がありますね。それと、このQRコードは何ですか?」 「ああ、それは匿名の情報提供サイトだ。県警のホームページから探したり、直接電話を掛けるのを嫌がる奴は多いんだ。試しに覗いてみるか?」  仁木の名刺のQRコードを読み込むと、確かに拳銃の所持情報や過激派、薬物中毒者などの情報提供を匿名で受け付けるページに繋がった。 「まあ実際は、付き合いのある刑事へのタレコミがほとんどだ。多少は取り引きの余地も出てくるからな」 「一応、甲斐さんの名刺からも読み込んでみます」  二年の隔たりがあるせいか、QRコードの模様が若干違う気がする。一斗は仁木から名刺を借りると、自分のスマホで読み込んだ。  グリーンのラインが異動し、コードリーダーがスキャンを始める。  一斗は思わず息を飲んだ。 「何だこれは?」  黙り込む一斗の様子にスマホを覗き込んだ仁木が声を上げる。 『OnlineStorageService StorageGear』    
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