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台湾マフィア
簡素なトップ画面は海外サイトのようだ。一応、英語だけでなく日本語や中国語にも対応している。
「たぶん海外のオンラインストレージサービスですね。十桁以上の英数混じりのログインIDと、十五桁のパスワードの入力が必要です」
「甲斐が契約していたところか?」
「間違いないと思います。仁木さんに渡した名刺は、QRコードだけを入れ換えた偽造品だったんだ……」
国内大手のオンラインストレージサービスでは、今回のように長期間アクセスされていなかった場合など、契約者のスマホにSMSなどで送られてきた認証番号を入力後にリカバリーコードを入力する二段階認証などが用いられることも多い。
だが、甲斐が契約していたと思われる『OnlineStorageService StorageGear』では二年前のログインIDとパスワードのままで変更の必要は無さそうだった。
「甲斐の性格から考えて、重要情報を俺一人にまとめておくなんてことは考えられない。危険すぎるからな。IDとパスワード、最低でもどちらか一つは有希子に預けてあるはずだ」
「急に言われても見当が付かないよ。私の名前や生年月日じゃ意味が無いだろうし……」
仁木に問われたものの、有希子は戸惑いながら言った。無理もないだろう、見つけるのは最難関かと思われたデジタル空間の金庫があっさり見つかったのだ。
「十桁の英数混じりのログインIDと十五桁のパスワードをノーヒントで調べるのは、まず不可能でしょう。とりあえず帰ってから心当たりを調べた方が早いと思うのですが」
一斗の申し出に、仁木も渋々頷いた。
「そうかもしれないな。だが、もし分かっても勝手に動くなよ。本当に殺されるぞ」
「分かってます。あとはアイコウの謎ですね」
「その口ぶりだと、何か手だてを思いついたようだな」
「お前は馬鹿なのか?それとも死にたいのか?」
一斗のプランを聞いた仁木は、心底呆れている。
「リスクを犯す価値はあると思うんです。自分も仁木さんもアイコウに心当たりはないんだから、ありそうな人に聞くのが手っ取り早いでしょう。上手くすれば甲斐さんの記憶と繋がる」
後藤組が爆破されたニュースで警官隊と小競り合いになっていた組員の中に、一斗を拉致した坊主頭が映っていたのを覚えていた。坊主頭から姉さんと呼ばれていたマキに頼めば、連絡を取ってくれるかもしれない。
「やめなよ。相手はやくざなんだよ。仁木さんの言う通り、本当に殺されちゃうよ」
有希子も泣きそうな顔で止めてきた。
「いえ、彼らにしたら、組長の敵が取れるかもしれない話です。持って行き方しだいですが、乗ってくる可能性は高いと思います」
「お前、やり口が甲斐に似てきたんじゃないか? だが、もしネタだけ取って、やっぱり駄目でしたってなったらどうするつもりだ?奴らは本部を爆破され、組長を殺されている。相当殺気だっているから、ただじゃ済まないぞ」
「その時は、実行犯の仁木さんを差し出そうかと……。まあそれは冗談として、駄目だったら後藤組より先に警察が来るでしょうね。どちらにせよ自分も仁木さんもアウトです」
「仕方ない、お前と心中するしかなさそうだな。今日のところはこれまでにして、大したものは出せないが晩飯を食っていけ」
仁木はベッドサイドの電話で三人分の食事を頼んだ。馴れ馴れしい口調から、件のオーナーかもしれない。
二十分ほどすると、部屋のドアが五回、三回とノックされた後、鍵が差し込まれ解錠される音がした。
弁当の入った袋を持って来たのは、仁木とあまり変わらない年齢に見える女性だった。
「お待たせ達哉」
「悪いな淑華。この二人は甲斐と柊木、信用できる人間なのは俺が保証する。彼女は楊 淑華、このホテルのオーナーだ」
「よろしくね。面倒事が片付いたら、いつでも二人でちゃんと使ってかまわないよ。達哉の友達ならお金なんか要らないから」
どうやら傷害で逮捕したと仁木が言っていたのはこの女性のようだ。名前からすると台湾人か中国人だろうが、アーモンド形の瞳が印象的な美人でとても傷害事件を起こすようには見えない。
「淑華を見た目で判断すると痛い目に合うぞ。俺がパクった時は、縄張り争いで汚い手を使った同郷の台湾マフィアを二十人近く病院送りにしているからな。少なくとも俺じゃ歯が立たない」
一斗の心を仁木が見透かした。
「私の娘を誘拐しようとしたんだから、殺されなかったことを感謝して欲しいね」
淑華は平然としている。
「仁木さんの彼女ですか」
名前で呼び合う二人に、有希子が興味津々といった体で聞いた。
「もちろんよ」
淑華は妖艶な笑みを浮かべて仁木にしなだれかかった。
「嘘つけ!」
仁木が慌てて淑華を押し返した。
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