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侵入者
仁木が匿われているラブホテルから戻った一斗は、念のため有希子を車に残したまま窓やドアに貼ったセロテープが剥がれていないか点検を始めた。
玄関に近づくとアレンの鳴き声が聞こえるが、何か様子がおかしい。
「アレンの様子が変です。もしかしたら侵入者がいるかもしれないから、いつでも逃げられるようフロントを道路に向けておいて下さい。エンジンも掛けたままで」
車に戻ると有希子に伝えた。
「わかった。危ないようなら玄関だけ開けてくれれば、私がアレンを呼ぶから一緒に逃げてきて。あと、これ持っていって」
有希子がグローブボックスから出した懐中電灯を受けとると、一斗はうなずいた。
玄関や窓に異常はないが、勝手口のドアに貼ったセロテープが剥がれている。そっとドアノブを動かすと、抵抗なく回った。何者かに解錠されているようだ。一斗の匂いを感じたアレンが近づいて来るのが気配でわかる。
アレンが自由に動けるということは、脅威となる侵入者は既にいないと言うことだ。一斗はドアを開け、懐中電灯を点灯した。
「……!?」
ドア周辺に赤黒い染みが点々とついている。どうやら血痕のようだ。緊張しながら勝手口から入り壁のスイッチでキッチンの照明を点けると、血まみれの手袋を咥えて、お座りをしたアレンが出迎えてくれた。
「何よこれ!」
室内の安全を確認してから有希子を呼び寄せると、キッチンの血痕と手袋を見て悲鳴をあげた。
「勝手口の鍵が開けられていました。誰かが侵入したところをアレンに撃退されたようですね」
血まみれの手袋の指先の一本には、噛み切られたであろう指が入ったままのようだが、それを確認する気にはなれなかった。
「仁木さんに連絡して、どうしたら良いか聞いてみます」
先程聞いた飛ばしのスマホに電話を掛けた。
「どうした?」
状況を説明すると、唸り声をあげて僅かに沈黙した。
「普通なら警察に連絡するのが一番だが、今そんなことをしたらここぞとばかりに乗り込んでくるはずだ。気持ち悪いとは思うが、手袋はビニール袋にいれて冷凍しておいてくれ。明日淑華の部下を回すから、渡してくれれば俺が預かっておく。侵入して指に怪我をしたのは間違いなく警察官だ。誰だか分かれば保険に使えるからな」
確かに今のタイミングで空き巣狙いが入るとは思えない。仁木を探しに来たか、何か証拠品を求めて家捜しに入ったかのどちらかと考えるのが自然だろう。
「分かりました。明日からは自分が有希子さんの送り迎えをするから、その時にお願いします」
理学療法士の有希子は、リハビリ科のある高牧市内の総合病院に勤務している。途中のコンビニにでも寄って、出きるだけ早く預けたかった。
「侵入した奴は手袋と指を残して逃げているから、取り返しに来るかもしれない。今夜は特に気をつけろよ」
気味悪がる有希子をなだめて、手袋をいれたジッパー付きのビニールパックを新聞紙でくるみ、さらにレジ袋に入れると冷凍室の隅に収めた。
「床は自分が掃除しますから、有希子さんは休んでいて下さい」
ラテックスの手袋を着けて雑巾で床やトアを何度も拭き取り、最後に除菌シートで消毒をした。掃除に使った雑巾や除菌シート、ラテックスの手袋はビニール袋に入れ、口をきつく縛る。
出来れば家を空けたくはないが、アレンが落ち着きを無くしているので、二人で家の近所を三十分ほど散歩させた。有希子が疲れているのはわかったが、家に一人残すのも心配だった。
散歩から戻ると、精神的に参っているような有希子をソファに座らせ、風呂を掃除して湯を張った。
「いろんなことが重なったから、疲れたでしょう。先にお風呂に入ってゆっくりしてください」
「ごめん一斗、今夜は怖くて一人じゃ無理。一緒に入ってくれないかな」
交代で体を洗うと、二人で湯船に浸かった。後ろから有希子を抱き締めると、上向きで形の良い乳房に手が触れる。有希子が手を重ねて力を込めてきた。
「絶対に離さない」
首筋に唇を這わせた一斗は耳元で囁いた。
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