接触

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接触

 病院を出た一斗は、マキのアパートへと急いだ。  水商売風だったマキは、一斗の手土産に子供が喜ぶと言っていた。夜が遅くても、とりあえず一度起きて子供を学校に送り出すだろう。洗濯などの家事を何時頃済ませているかわからないが、二度寝に入ったところを起こすのは申し訳ない。アパート周辺に駐車場は無かったはずだが、時間的に直行してもギリギリだ。坊主頭と連絡を取ってくれるかくれないかの二択だし、それほど時間は掛からないだろうから近くに路駐をするつもりだった。    途中、ブルートゥース接続したカーナビのハンズフリー機能を使い、仁木に電話を掛けた。 「柊木です。手袋は届きましたか?」 「ああ、ついさっき淑貞(シュヂェン)から預かったよ」  イントネーションから考えると、母親から名前を一文字受け継いでいるようだ。 「彼女、淑華さんの娘さんですよね?」 「そうだ。目元なんかそっくりだろう?気の強いところも母親譲りだがな。これから揺さぶりをかけてみるから、上手く行けばしばらくは自由に動けるはずだ」  仁木は手袋を交渉材料(脅し)の一つに使うつもりだろう。 「話は変わりますが、これからマキさんのところに行って、坊主頭と会わせてもらえないか頼んでみます」 「わかった。たぶん本部とは別の事務所に連れて行かれるが、本当に大丈夫なんだろうな」 「そのことで一つお願いがあります」 「なんだ?」 「淑貞さんから貰った、淑華さんの名刺です。裏に何て書いてあったかご存じですか?」 「いや、そこまでは確認していない。一筆書いておくって言われただけだ」 「この者の身元は台湾楊家が責任を持って保証する。今日の日付と共に、そう書かれていました。最初は淑貞さんの身元を保証するって意味だと思いましたが、とは書かれていないんです」 「お前、もしかして……」  仁木も一斗の企みに気づいたようだ。 「見る人が変われば、この名刺を持っている自分の身元を淑華さんが組織として保証していると思うでしょう」  今の後藤組は、他の組織とのゴタゴタは避けたいはずだ。警察からも目をつけられているだろうし、下手をすると対抗勢力にシノギごと持っていかれかねない。  「台湾マフィアが身元保証した人間を殺せば、抗争に発展すると考えるのが普通だからな。お前の身元について、もし淑華に確認が入るようなら上手くごまかすよう頼んでおく」 「ありがとうございます。淑華さんにもお礼を言っておいてください」 「気にするな。たぶん淑華はお前を試してみたんだ。あいつは切れる男が好きだからな。まあ、淑華がバックについていれば大丈夫だろう。お前と甲斐の記憶に俺たちの命運がかかっているんだから、無理はしなくていいが何とか上手く聞き出してくれ」  仁木との通話を終えると、いくらか気が楽になった。少なくとも今日殺されることはなさそうだ。  病院を出て一時間近く車を走らせると、マキのアパートが見えてきた。なるべく邪魔にならなそうな路肩に路上駐車する。    二階のベランダで洗濯物を干しているマキを見つけ、錆びかけた階段を上がりインターホンを押した。 「はい?」  洗濯の邪魔をされたからか、不機嫌そうな返事があった。 「先日お邪魔した柊木です。今日はお願いしたいことがあって参りました」 「洗濯物を干しながらでよければ聞くから、勝手に入って」  ドアに鍵は掛かっていないようで、ドアノブは抵抗なく回った。もしかすると子供を送り出した直後なのかも知れない。 「失礼します」  室内には、朝食と思われる卵焼きやウインナーの匂いが残っていた。 「回りくどい話はいいから、単刀直入に言ってくれる?どうせ野村(あのひと)か後藤組のことでしょ?」 「あの時マキさんに確認の電話をした、坊主頭の人を紹介してもらえませんか?大事な話があるんです」 「あんた正気なの?組長を殺された上に本部を爆破されて、後藤組の面子は丸潰れなんだよ。みんな敵をとりたくて殺気だっているから、下手なことを言ったら間違いなく殺されるよ」 「実は自分も殺されるかも知れないんです。たぶん後藤組長を殺したのと同じ相手にです」  僅かの間一斗を見つめていたマキが、諦めたように電話をかけた。 「十分で迎えに来るってさ。何があっても私は関係ないから、恨んだりしないでね」
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