数字の記憶

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数字の記憶

 淑華は病院まで送ると言ってくれたが、まだ少し早い。有希子に頼まれている買い物があるからと、近くのショッピングモールで降ろして貰う。 「今日は本当にありがとうございました」  ベンツGクラスのリアシートから降りると、淑華に頭を下げた。 「気にしないで。優秀な若者にするのは私の趣味みたいなものなの。もっともあなたの才能なら、表の社会で十分成功できるけれどね」 「何かあったら必ず連絡しろよ。有希子のことも頼む」  淑華と仁木に再度頭を下げると、ボディーガードがドアを閉め助手席に乗り込んだ。  すぐに有希子のコンパクトカーを乗ってきた若者が横付けし、運転席から降りると鍵を返してくれる。 「トーシャー(ありがとうございます)」 「シアォシン!(気をつけてな!)」  一斗が礼を言うと、愛想の良い笑顔を見せる若者は淑華の横に素早く乗り込む。気の良い若者にしか見えないが、彼もまたボディーガードなのだろう。しかも淑華の横ということは、相当優秀だということか。  一人になった一斗は、有希子から頼まれていた日用品や、常温の車内でも傷まない食料品の買い物をする。生鮮食品は有希子を迎えに行った帰りに済ませればいい。  買い物メモを見ながら頼まれたものを買いそろえ、病院へ着いたのは五時半過ぎだった。職員駐車場の、離れてはいるがリハビリ室が見える位置に駐車をした。有希子が心配しているのは間違いないから、自分の車を見れば少しは安心するはずだ。  六時過ぎ、職員通用口から有希子が出てくるのが見えた。一斗は他の患者や職員の邪魔にならないよう気をつけながら、通用口近くの場所に移動する。降りて出迎えようかとも思ったが、同僚に見られるのを嫌がるかもしれないと車内で待った。 「お疲れさまでした」 「無事で良かった……。車が見えるまで、ずっと心配だったんだから……」  助手席に乗った有希子は涙ぐんでいる。 「おまじないの効果ですね」  冗談交じりに言うと、有希子に胸を叩かれた。 「馬鹿!殺されちゃうんじゃないかって、本気で心配したんだからね!」  一斗の胸に顔を埋めると、嗚咽を漏らした。 「職場の人に見られちゃいますよ」  有希子の髪を撫でながら言った。 「いいよ、そんなの気にしない」  駄々っ子のようにひくひく泣いている有希子をしばらく抱いていると、やがて落ち着いてきたのか一斗の胸から顔を上げた。 「ごめん、やっぱり恥ずかしいから出してくれるかな」  有希子に促され、一斗は駐車場から車を出して帰路に就く。 「やだ、腫れぼったくなっちゃった……」  ハンカチで涙を拭いたあと、バニティミラーを見て化粧直しをしながら、困ったように言った。  一斗は自分の掛けていたサングラスを有希子に掛けてやる。 「有希子さんは上背があるしきれいだから、クールビューティーって感じですよ」  甲斐のサングラスは有希子にもよく似合っている。 「そんなお世辞に騙されないから」  拗ねた横顔を見せながらも悪い気はしないようで、心配をかけっぱなしの一斗はホッとした。  帰り道、生鮮食品を買うため自宅近くのスーパーに寄った。有希子が次に休むまでの五日分を買い込むので、大きめのカートにカゴを二個乗せる。  買い物の主導権は有希子にあるため、一斗は言われるがまま付いていき、食材をカゴに入れていく。 「お肉やお野菜は国産、たまに外国産で加工だけ国内のもあるから気をつけて。お肉は百グラム当たりの値段表示もあるからよく見てね。あと、どうしてもまとめ買いになるから、消費期限にも……」  一斗に言い聞かせるように食材を選んでいた有希子の手元を見ていた一斗の記憶に何かが引っ掛かる。 「今夜はムニエルでも良いかな?」  有希子が言って、今日二十四時が消費期限のサーモンを手に取った。最初に貼られたシールのバーコードにマジックでバツ印がつけられ、新しい割り引きシールが貼られている。バーコードの下には生産国や商品の情報が数字で表示されており、パッと見た感じでは十二、三桁。他の商品もよく見たが、表示されている数字は違っても全て十三桁で統一されていた。  数字、決められた桁数……。一瞬記憶に手が届きそうになり、次の瞬間すっと遠ざかる。 「どうしたの?また具合が悪くなったの?」  有希子が心配そうに覗き込んできた。 「ごめん、ちょっと考え事しちゃって。ムニエルも食べたいし、そのあとは有希子さんも食べたいかな」  心配をかけないよう、冗談でごまかした。 「食べたい?」  問いただされる。 「食べたい」 「よろしい」  にこっと笑うと、有希子は腕を組んできた。          
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