生の実感

1/1
前へ
/74ページ
次へ

生の実感

 買い物を終え帰宅すると、恒例となりつつあるドアや窓のセロテープチェックを済ませた。仁木も手袋と指の持ち主に関して圧力をかけているだろうが、用心に越したことはない。  安全を確認して有希子を呼ぶと、家の中からアレンの甘えた声が聞こえる。一斗が買い物を家の中に運び、有希子は冷蔵や冷凍が必要な食材を詰めていく。手袋を入れていた冷凍室は、気持ちが悪いので朝のうちに消毒しておいた。   散歩を待ちきれず落ち着かないアレンにリードを付けると有希子と散歩に出かけるが、周囲は暗くなっているので二人とも反射材のたすきをかけ、懐中電灯も持った。 「これからどうするの?」  有希子には、帰宅途中の車内である程度の説明はしてあった。もっとも、あまり心配をかけたくはないので、淑華に救われたところは多少ぼかして話してある。 「明日有希子さんを送ったら、またお兄さんの部屋を調べても構いませんか?」 「それは構わないけれど、一人で大丈夫?」  前回は甲斐の記憶に触れて倒れてしまったので、有希子は心配そうだ。 「だんだん甲斐さんの記憶と馴染んできて、自分の中に入ってきているように感じるんです。自分だけだったら後藤組に行けたとは思えないし、きっと守ってくれています。自分と甲斐さんを信用してください」  実際、甲斐から受け継いだ瞳と記憶が融合してきているのを実感していた。今の自分の思考回路と行動力は、明らかに甲斐の影響を受けている。確信はないが、甲斐の記憶と完全に一体化したときに謎は解け、自分の記憶も戻る気がしていた。 「大丈夫なら良いけど……。無理しちゃ駄目だよ」  散歩から戻ると足を拭いたアレンにドッグフードと水を与え、有希子は夕食の支度を始めた。  メインは今日が消費期限だったサーモンのムニエル、付け合わせはほうれん草とコーンのバター炒めだ。  一斗も好き嫌いは少ない方だが、有希子の食べっぷりも気持ち良い。ご飯とムニエル、バター炒めを次々に口にいれるが、食べ方はきれいだし、箸の使い方も上手い。あっという間に食事を終えると、デザートの林檎も平らげ、ごちそうさまでしたと手を合わせる。  一斗は食器をシンクに運ぶと、食後のコーヒーを淹れた。 「ずっと一緒にいる気がしますが、有希子さんとはついこの間出会ったばかりなんですよね」  自分の記憶を取り戻そうと動き始めてから、あまりにも多くのことが短期間に起こって、時間の感覚がおかしくなっている。 「私もそう。一斗のことは二年前から知っていたけれど、実際に会ったのは最近だしね」 「クゥン」  自分もそうだと言わんばかりにアレンが甘えた声で鳴き、一斗と有希子は思わず吹き出した。  食器洗いと風呂の準備は住まわせて貰っている一斗が引き受け、働いてきた有希子には休んでいてもらう。  風呂には家の主である有希子に先に入ってもらい、その間アレンのブラッシングをしてやる。換毛期を過ぎたとはいえ、ダブルコートのシェパードは抜け毛が多い。毛玉や皮膚病防止のためにも、週一回はブラッシングが必要だと有希子に言われている。  アレンはブラッシングが好きなようで、不馴れな一斗でも嫌がらず、むしろされるがままだ。毛の掃除が楽なように敷いたシートの上で、大人しく言うことを聞いてくれる。  コミュニケーションも兼ね、十五分ほどブラッシングをして落ちた抜け毛の掃除を終えると、アレンは腹を見せて横になり尻尾を振った。撫でろというサインだ。一斗も一緒に寝転がり、首筋や背中を撫でるとお返しに顔を舐められる。 「ほんと仲良しね」  風呂から上がった有希子が、戯れる一斗とアレンを見て呆れたように言った。  湯船が冷めないうちに入るよう促され、一斗も風呂に向かう。頭からシャワーを浴び、有希子のシャンプーを手に取った。良い匂いがするし髪にも良さそうだが、普段一斗が使っている物より間違いなく高価だろう。コンディショナーやボディソープも含め、あとで自分用を買っておくことにした。  洗い終えて湯船に浸かると、一日の疲れが癒えるのを感じる。有希子の家の風呂は一斗のアパートとは比べ物にならないくらい広く、湯船で手足を延ばすことが出来るのも気持ち良い。  後藤組と対峙して緊張を強いられていたためか、気づかないうちに肩も凝っていたようだ。無意識に首に左手を回すと、指先に僅かな出っ張りを感じる。大きめな黒子があるせいだが、記憶を失ってから今日まで気にしたことも無かった。  何かが引っ掛かる気がするが、湯船でぼうっとしてきたせいか、頭が回らない。これ以上浸かっているとのぼせてしまいそうだ。考えるのを諦めて風呂から上がると、脱衣所には全裸の有希子が待っていた。 「こんなところで何してるんですか!服着てないし!」 「食べたいって言ってたのに、一斗が中々出て来ないから待ちくたびれて来ちゃった。それに、この後どうせ脱ぐんだから一緒だよ」  動揺する一斗の体をバスタオルでざっと拭いた有希子は首に腕を回し、唇を重ねて舌を絡めてくる。一斗は応えるように左腕を有希子の腰に回し、右手で髪を撫でながら舌を吸った。  腰に回した左手で尻の割れ目をそっとなぞると、有希子の体から力が抜ける。 「ベッドに行きましょうか」  耳元で囁いたが、有希子は首を横に振る。 「だめ、今ここでして」   一斗が首筋から固くなった乳首、下腹部へと唇を這わせると、あえぎ声を漏らして有希子は脱衣所の床にへたり込んだ。  
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!

69人が本棚に入れています
本棚に追加