マイクロチップ

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 緊張と高揚、興奮、そして大きな不安。事件の真相の詰まったの鍵に、手が届くところまで来た。感情がごちゃ混ぜになっている自分に冷静になれと言い聞かせながら、一斗は有希子を迎えに病院へ向かっていた。  不安の原因は、二年前の事件への警察の関わりだ。所轄の動きを県警本部が追っている状況で、仁木は口封じされかけている。所轄が一斗たちの動きを封じたいと思っているのはもちろん、県警本部も不祥事を表沙汰にしたいとは思っていないだろう。  今まであまり考える余裕はなかったが、単純に証拠を手にしただけでは握りつぶされて終わる可能性が高い。証拠をどこに提出するか、あるいは公表の仕方によって自分達の命運が決まる。その辺の警察署に話を持って行くのは、自ら殺されに行くようなものだ。かと言って、県警本部に直接行っても相手にしてもらえるとは思えない。  仁木に預けるのが一番現実的に思えるが、その場合は仁木が殺されたらそれでおしまいだ。それに考えたくはないが、万が一仁木が裏切ったら一斗と有希子の命は無い。  だが、まだ何も手にしていない今、先のことを心配しても始まらないだろう。甲斐の残した証拠がどのようなものか、それによって最適な対処法方を取らなければならない。    どうにも落ち着かず、近くのコンビニでコーヒーを買っていたため病院に着いたのは五時五十分くらいになってしまった。  六時を過ぎると職員がちらほらと通用口から出てきた。メールで確認した内容が気になるのだろう、早足で歩く有希子の姿も見える。 「どういうこと?午後から仕事が手に付かなかったよ」  助手席に乗り込んできた有希子が挨拶抜きで聞いてきた。やはり相当気になっていたのだろう。 「パスワードはアレンのにあるはずです」  有希子にも紙コップのコーヒーを勧め、車を発進させると切り出した。 「アレンの中? メールで言っていたマイクロチップのこと?」 「はい。有希子さんは、マイクロチップにどんな情報が入っているかご存じですか?」 「迷子で保護された時マイクロチップを読み取れば、飼い主がわかるコードが入っているって獣医さんから聞いたけど」  一斗は動物を飼った記憶がないが、多くの飼い主の認識はそう変わらないかもしれない。 「規格で決まっている識別番号です。国別や種別などから始まる識別番号は。世界唯一の番号で、同じ個体識別番号を持つ犬や猫は世界に存在しません」 「それがパスワード?」 「間違いないと思います」  一斗は発想を変え、甲斐がオンラインストレージサービスを契約してからIDとパスワードを考えたのではなく、十五桁の数字ありきでサービスを決めたのではないかと考えたことから話し始めた。  そしてアレンの首筋に僅かな違和感を感じた経緯、そこからマイクロチップにたどり着いたこと……。 「凄いよ一斗、本当に突き止めたんだ……。それで、IDはどう思っているの?一斗のことだから、少しは見当がついているんじゃない?」 「パスワードに識別番号を使っているから、英数混じりといっても数字は少ないと思うんです。そんなに都合良く使える数字も少ないだろうし。だからメインは英字ですね。登録証明書を見ればIDの手掛かりもあるかと思ったのですが、敵に見つからないよう甲斐さんが早々に処分したのだと思います」 「数字以外の登録内容は大体覚えているから、帰ったら一緒に考えようよ。アレンの散歩はしなくちゃいけないから、晩御飯はお弁当でも良いかな?」 「そうしましょう。実は気になる写真が一枚見つかったので、それも見て欲しいし」  スーパーで弁当を買って帰ると、アレンの散歩に出掛けた。約一時間の散歩は、人間の脳を活性化するにもちょうど良い。  弁当で簡単に夕食を済ませると、リビングのテーブルに並んで座り、有希子からアレンの登録内容について書き出してもらった。  逸る気持ちは否めないが、アレンのマイクロチップを読み取ってもらうのは本人以外認められないかもしれない。その場合は有希子の次の休みになってしまうだろう。それまでに、ある程度IDの解明を進めておきたい。  登録証明書には、マイクロチップの識別番号のほか、犬猫の名前、犬猫の別、品種、毛色、生年月日、性別、マイクロチップ装着日と装着した施設、飼い主の名前と電話番号と住所などが記載されている。毛色に関しては直接色名称を記入する場合と、毛色コードと呼ばれる数字を記入する場合があるようだ。  有希子の記憶では毛色はコードで記入されており、42とのことだった。 「こんなので手掛かりになるのかな?」  有希子が不安そうな表情を見せた。 「手掛かりだとしたら英字だと思います。でもさすがにアレンってことは無いでしょうね」  文字数のわからない英字を探すのは難しい。だが、逆に数字がわかれば英字の文字数もわかる。 「そういえば気になる写真があるって言ってたけど、見せてもらえるかな」  有希子に言われ、一斗は冷凍庫に向かった。 「そんなところに隠したの?」 「侵入されたばかりだから、一応用心した方が良いかと思って」  脱臭剤の容器をばらしてビニール袋に入った写真を取り出すと、有希子の座るテーブルに持っていく。 「これ、画像ではなく裏に書かれたコメントなんですが……」  ビニール袋から出して写真を裏返した。 「あっ……!」  一斗は思わず声を上げた。 『二月八日』  〈アレンお迎え〉のすぐ上に、日付が薄く浮かび上あがっている。  あまりにも単純で、使い古された細工がされていたことに気がついた。  
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