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「どういうこと?」 「ほかの写真はほとんど、日付、イベント、コメントが書かれていました。だけどこれは『アレンお迎え』としか書いてなかったので、何か意味があるのか気になっていたんです」  一斗は一枚だけ隠しておいた理由を説明した。 「確かにアレンを引き取ったときに撮影した写真だけど、一斗が見つけた時、日付は見えてなかったってこと?」 「ええ、恐らく甲斐さんはこの日付を隠したくて、フリクションペンで書いたあと消しておいたのでしょうね」  今ではごく普通に使われているフリクションペンは、約六十度で文字が消える。大体付属の樹脂で擦り、摩擦熱で消すことが多い。だが、これを冷やすとマイナス十度くらいで文字が復元され始め、マイナス二十度でほぼ完全に復元する。  一斗が写真を隠そうと冷凍庫に入れたが比較的短時間だったため、完全ではなくうっすらと文字が復元されたようだ。  フリクションペン発売当初は消すことの出来る画期的なペンとして多くの用途に使われたが、それは事務や勉強だけでなく犯罪用途も含まれた。しかし、すぐに復元の方法が一般に広まったことにより、犯罪用途での使用はほぼなくなっている。  フリクションペンが国内で発売されたのは十八年近く前。今ごろこんな単純な方法で隠蔽しようなど、誰も思わないはずだ。昔の小学生が炙り出しで暗号を隠すレベルと大差ない。だが、それ故盲点と言えるかもしれなかった。 「有希子さんはアレンを迎えた日にちを覚えていましたか?」 「ううん、誕生日は覚えているけど、兄貴が引き取ってきた日にちまでは覚えてないよ」 「普通はそうでしょうね」  飼い主の誕生日や記念日にお迎えしたのならともかく、全然関係の無い日の場合、数年後に飼い主が覚えているのはせいぜい迎えた月までだろう。ましてアレンはブリーダーやペットショップから迎えたわけではなく、警察犬不適格とされた一歳の時に、甲斐が知り合いから譲り受けたものだ。 「誕生日はカレンダーにも書いてあったし、診察券を見ればわかるから、IDとして使う意味はないですよね。そうなると、IDの数字に関しては隠されていた二と八で間違いないと思います」 「だとすると、英字は八文字だね。二月はFebruaryだから八文字だけど、二月が被っちゃうから違うよね。もしかしたら私に関係していることかな?」 「自分も最初はその可能性を考えましたが、甲斐さんなら有希子さんを危険から遠ざけようとして、それは避けたんじゃないかと思います。少なくとも、自分ならそうしますね」  甲斐にとってはたった一人の妹だ。有希子に関する情報は避けた気がする。やはりアレンに関する情報か。オンラインストレージサービスの契約から殺害されるまで、約三ヶ月。悠長にIDを考えている時間は無かったはずだ。一斗は再度登録証明書に記載されていたという内容を見直した。 「毛色の42って何色ですか?」  英字ではないことが逆に気になった。 「ジャーマンシェパードだけでも何色かあるけど、アレンは定番の黒とタンだからその番号」 「黒とタン……。 英語にするとBlackとTan、これも足すと八文字ですね」  自分が甲斐の立場ならどうするか?  恐らくオンラインストレージサービスが警察に特定された段階で、サイバー犯罪捜査官が捜索差し押さえ礼状と共に乗り込んで来るから、IDとパスワードは解析される。どんなに強固な防衛線を張っても無意味だ。  だが、仁木が抑えているのなら、逆に難しすぎると証拠を見つけてもらえない。おそらく十五桁の意味に気づき、お迎えの写真に目をつけた時点で解析できるものにしていたのではないか。   一斗は自分の考えを有希子に伝えた。甲斐に一番近かったのは有希子。自分の考えが甲斐のそれと大きく異なっていなければ、推測したIDとパスワードを試す価値はある。言い換えれば、一斗が甲斐とどれくらいシンクロ出来ているかだ。 「たぶん同じように考えると思うよ。事件について考えている時の兄貴は、今の一斗みたいな目をしてたから。家では仕事のことはほとんど話さなかったけど、雰囲気でわかるんだ。隠されている何かを探し出すのが、本当に好きだったみたい。子供っぽいところがあったのも一緒だね」  有希子は懐かしそうに、アレンお迎えの写真を見ながら言った。 「IDはFebruaryと毛色コード42の組み合わせか、BlackTanとお迎えした月日の28の組み合わせ、そのどちらかだと思います。数字が前に来るか後ろに来るかで違いますが、四回は試せます。パスワードは識別番号で間違いないでしょう」   十回でロックが掛かるとしても、今の時点で手掛かりは他に無い。試してみる価値は十分あると思えた。 「登録証明書がないから掛かりつけの動物病院でマイクロチップを読んでもらうしかないけど、たぶん本人じゃないと駄目だと思う。明日予約を入れておくから、アレンを連れて一時間くらい早く迎えにこられるかな。そうすれば仕事の帰りに寄れるよ」 「仕事は大丈夫なんですか?」 「私が明日担当してる外来の患者さんは四時で終わりだから、ベッドやリハビリ器具の消毒と明後日の準備を友達に頼めば大丈夫。何度かデートに行くからって代わってあげたことがあるから、断られることはないよ」  有希子の性格なのか簡単そうに言ってはいるが、それなりに気を遣う必要があるはずだ。上司に嫌みの一つや二つは言われるのかも知れない。   だが、ここまできたら一日でも早く試したいし、オンラインストレージサービスの引き落とし口座がいつ凍結されるかもわからない。今回は有希子の申し出に甘えることにした。 「ところで、仁木さんには伝えなくていいの?」  これは一斗も迷ったことだ。だが、出来ればを掛けてから伝えたいし、そのためには甲斐の残した証拠がどんなものなのか確認しないと手が打てない。それに万が一裏切られる可能性などを伝えたら、有希子を不安がらせるだけだ。 「そのことは、自分に任せてもらえませんか? もちろん、仁木さんを信用していないということではありません」  一斗の真意を図るよう瞳を見つめると、有希子はうなずいた。
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