呪われた銃弾

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「兄貴はこんな理由で死ななきゃならなかったの?」  ファイルを見ていた有希子が肩を震わせて泣いている。全身から怒りと悲しみが立ち上っているのがわかる。しかも甲斐はただ殺されただけではない。銃の不正押収の汚名を着せられ、不起訴処分とはいえ犯人扱いされていたのだ。  許せない気持ちは一斗も同じだ。だが、このファイルをどのように使ったら、『裏共済組合』の存在を明るみにし、甲斐の名誉を回復できるのか。  甲斐の告発文を裏付ける画像や動画、音声データを始めとする資料の殆どは隠し撮りだ。県警刑事部鑑識課のデータに至っては不正アクセスに間違いなく、恐らく密かに入室して入手したであろう資料もあった。たとえ裁判になっても証拠能力が認められるとは思えない。   「悔しいよ、一斗。兄貴を殺した奴を、私も殺したい」  有希子は一斗のシャツを掴むと泣きじゃくる。 「奴らがやったことのツケは、自分が必ず払わせます」  三十分……。一時間…。一斗は有希子の慟哭が治まるまで抱き締めていた。 「ごめん一斗。兄貴の敵をとるまで、もう泣かないから」  泣き腫らした顔を上げた有希子の瞳に、一切の迷いは無かった。 「無理しないで下さい。甲斐さんに比べたら頼りないですが、自分で良ければいつでも受け止めます」 「ありがとう。でも大丈夫。それよりこれからどうするかだよね」  それは一斗もずっと考えていたことだ。『裏共済組合』の警察官がどこの誰かわからない以上、県警に行くのは自殺行為。かといってマスコミに持っていったところで、警察に取材を掛けて捏造だと言われればそれまでだ。  仁木はどうか。信頼する、しないに関わらず黙っているわけにはいかないだろう。一斗の動きは仁木にも伝わるだろうし、仁木が味方だった時のことを考えれば、こちらから言った方が良い。こういったことに関してはプロだし、警察内部だけでなく暴力団関係者にも顔が利く。ただし、仁木が敵だった場合は一斗と有希子はあの世に一直線だ。しかもその可能性は少なからずある。  そしてもうひとつ、一斗には疑問があった。それは甲斐が本当に単独で動いていたのかということだ。通常業務を抱えながら、これだけのデータを集めるのは容易ではないし、特に県警本部への不正アクセスや入室は難しいはずだ。支援者がいたか、あるいは特命で極秘に動いていたか。  だが、特命で動いていたのなら、データを引き渡せば役目は終わっていたはずだ。また、単なる支援者だった場合は甲斐が死んだことで手を引いたか、最悪甲斐を可能性もあるだろう。  そして、甲斐自身、証拠の入手方法が違法であり裁判では使えないこと、甲斐単独では県警内部を動かせないことはわかっていたはず。もっともの弾丸があれば話は別だろうが、それについて言及はされていない。  考えられるのは、『裏共済組合』を県警上層部からの特命で調べていたものの、東京での殺人事件で使われた弾丸が出てきたことで、告発より隠蔽を選んだ上層部が『裏共済組合』と何らかの取り引きをしたことだ。  県警は信用できない。それが一斗の出した結論だった。では、どこにこのファイルを持っていけば良いのか。どこに出したところで全てが公表される可能性は低いだろう。だが、少なくとも有希子と自身に対する保険は必要だ。  絶対条件は県警の影響を直接受けないこと。事件解決ができる提供先と、保険となる提供先。最低二ヶ所は必要になる。どこに出そうが正当に使われる保証はなく、分の悪い悪い賭けになりそうだ。 「無理を承知の上でお願いします。自分を信じて、次のお休みまであと二日間、何とか仕事に行けませんか」  今の精神状態の有希子に酷なのはわかっている。だが、有希子が急な休みを取れば不審に思われる恐れがあった。保険を掛けるにも数日は必要だと思われ、そのために少しでも時間を稼ぎたい。 「私は平気だよ。でも万が一の時、何もわからないまま死ぬのは嫌。一斗の考えを全部聞かせて」  甲斐が売られた可能性を伝えるのはためらわれたが、それを隠すのはただの偽善だろう。一斗はも、分の悪い賭けになることも全て話した。 「仁木さんには、目処がついたら自分から連絡します。もし仁木さんから連絡があっても、それまではとぼけていて下さい」 「わかった」  うなずく有希子を抱き締めた。あと数日で全ては終わる予感があった。  一斗はその日の内に自分でも『OnlineStorageService StorageGear』と契約をすると、甲斐のデータを全てコピーし、ファイルの閲覧条件にプログラムを追加する。  翌日は、三十年近く前の強盗殺人事件の捜査本部がまだ設置されているかを確認した。インターネット上には多くの似かよった情報も出ているが、とりあえずは警視庁のホームページから検索を掛ける。  特別捜査本部は事件のあった立川警察署に残っていた。しかしその陣容は年々縮小されているようだ。  未解決事件の情報提供を呼び掛けるページには事件の状況だけでなく、目撃者の記憶を呼び覚ますためか、当日あった花火大会などのイベントや最後の買い物客の人着や購入品目まで載っている。  事件に使われた弾丸の情報を提供する上で、信用できそうな警察はここしか思い浮かばない。  ただし、直接全ての証拠を提出すればその動きは県警にも伝わり、『裏共済組合』は地下に潜ってしまう。甲斐を殺した犯人たちを追い詰めることが出きるタイミングで、しかも一斗や有希子が殺される前に提供をする必要がある。  一般人である一斗が特別捜査本部と対等に取り引きをするのなら、それなりのが必要だが、出し惜しみをして殺されては本末転倒だ。  出所がわからないよう最低限の加工を施した、弾丸の線状痕データ。彼らが欲する唯一にして最大の証拠を最初からぶつけるしかないだろう。    
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