取り引き

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取り引き

 立川警察署の特別捜査本部とのは基本的に公衆電話を使うことになるだろう。証拠の流出元を悟られないためにも、地元から電話を掛けるわけにはいかないから、東京まで出掛ける必要がある。  それでも警察への電話は、少なくとも二回目以降は即座に特定されるはずだ。逆探知に時間が掛かっていたのは昭和の話。公衆電話を含む固定電話の場合、今は繋がった瞬間に電話を特定出来る。  スマートフォンの場合は位置情報の特定に多少時間が掛かるとは言え、電話番号と名義人は瞬時に特定されるから、自分名義のスマートフォンしか持っていない一斗は通話に使う気はない。  いずれにせよ、電話を掛けてから防犯カメラや駅の利用記録などで身元が特定されるのは時間の問題だ。しかし、すぐに身元がばれるのもまずいが、特定に時間が掛かりすぎてもその間に殺されかねない。もっとも、警視庁がその気になれば恐らく翌日には一斗の身元は特定されるだろう。むしろ、予測より早めに身元が特定された場合に備えた交渉が必要になるかも知れない。  また、線条痕のデータは、犯罪に使われることも多く秘匿性の高いテレグラムを使うつもりだ。    有希子を病院に送ると高牧駅に直行し、新幹線で東京駅に出て目的の公衆電話を探す。事前に検索しておいたが、駅周辺にあるのは六ヶ所だ。携帯電話の普及以来、公衆電話は急速に数を減らしている。  最初は東京駅前のランドマークでもある旧中央郵便局舎に建設されたKITTEの公衆電話。防犯カメラを意識して帽子を目深に被り、甲斐のサングラスを掛けていた。  スマートフォンからテレグラムで特別捜査本部の公式ウェブサイトに弾丸の線状痕データを送ると、公衆電話から立川警察署に電話を掛けた。全国の警察署の代表電話番号は、市外局番+市内局番に加入者番号の0110となっている。加入者番号の0110は警察専用で全国共通だ。 「立川警察署です」  対応は受け付けも担当する、総務の女性と思われる声だった。ここからは全ての会話は録音されている。  110番と違い緊急性のある通報を受けるわけではないので、『事故ですか、事件ですか』というような問いかけはない。 「一九九五年発生の、未解決強盗殺人事件の特捜本部に繋いで下さい」 「あなたのお名前と住所を教えていただけますか?」 「匿名で重要な情報提供だ。さっさと繋いでくれ」  一斗はわざと乱暴な口調で言った。 「お名前を」  受付の堅物女は融通が利かない。 「二分前にテレグラムで証拠データを特捜本部のウェブサイトに送った。三十分で消えるから、すぐに特捜本部に伝えろ。またかけ直すが、今度名前なんか聞いたらマスコミに流す。決裁権のある責任者がすぐに電話に出られるように待機させておけ」  相手に聞き返す隙を与えずに電話を切った。  一斗はKITTEから二重橋スクエアの公衆電話まで徒歩で移動すると、再び立川警察署に電話を掛けた。 「特捜本部に繋げ」  先ほどの女に告げると、今度はすぐに特捜本部に繋がった。 「被害者から摘出された弾丸と線条痕は完全に一致していた。これをどこで手に入れた?」  電話に出た中年と思われる男が、前のめりに聞いてきた。 「あんたの姓名と階級、所属を教えてくれ」  一斗は質問には答えず問いかけた。 「警視庁捜査一課殺人班から出向中の笹原 敏(ささはら とし)。未解決捜査班の係長、階級は警部だ。今ここの特捜を仕切っている」  無駄のない返答から考えて、笹原は仕事が出来ると直感した。本庁に手配してすぐに二重橋スクエアに捜査員を向かわせるだろう。通話できるのは三分程度か。 「笹原さん、あんたは話が早そうだ。今のところ、流出元は某県警としか言えない。拳銃の押収に絡んで組織的な不正が行われていて、それを隠蔽するため二年間塩漬けになっている」  警察官の姿を警戒しながら一斗は答えた。 「それが今になってどうして出てきたんだ?」 「不正を探っていた警察官が殺される前、オンラインストレージに隠していたものを見つけた」  あと二分四十秒。 「それで、我々にどうしろと?」 「助けてほしい。二日以内、早ければ明日の夜にはこっちの警察関係者と証拠の扱いを決めると思うが、裏切られたら間違いなく殺される」 「おたくがどこの誰かもわからないのに助けろと?」 「こっちの身元を明かすのは問題ない。だが、今動かれると不正をしているグループは地下に潜ってしまう。自分が追っているのはその弾丸じゃなくて、警察官を殺した連中だ。絶対に逃がしたくない」  残り一分。 「おたく、警官じゃないよな。目的は敵討ちか」  やはり切れる男だ。 「そろそろ見つかりそうだから、またかけ直す。待機していてくれ」 「わかった。今度は特捜のダイヤルインに直接頼む。メモはとれるか?」 「大丈夫。電話番号程度なら暗記できるよ」  ダイヤルインの電話番号を聞いた一斗は、足早にその場を去った。  タクシーを捕まえると、今度は新東京ビルヂングまで移動する。公衆電話を探すと、先ほど聞いたダイヤルインの電話番号に直接電話を掛けた。 「笹原だ。続きを聞こうか」 「無事にこっちで解決出来れば笹原さんの手を煩わせることもないが、その場合も全ての証拠を引き渡す。だが、もし裏切られたときは、何らかの方法で特捜本部のウェブサイトに証拠を送る。それから三時間以内に救出にこられるか?」  裏切られた場合、恐らく時間稼ぎが出来たとしても三時間が限界だろう。 「しかし、状況がそこまでヤバいなら、余計におたくの身元を知っておきたい」 「笹原さんなら大丈夫さ。公衆電話周辺の防犯カメラや交通機関の利用状況から、たぶん今日か明日には自分の身元は調べがつくだろう」 「わかった。出来るだけのことはしよう。だが、条件がある」 「条件?」 「ああ。線条痕のデータを持ち出せた警察官が、弾丸の現物をそのままにしておくはずはない。きっとどこかに隠しているはずだ。そいつが欲しい」  確かにその通りだ。現物なしでは、証拠能力のないデータを活かせない。甲斐なら、どこかに隠している可能性は十分にある。 「探してはみるが、一日か二日でどうにかなるとは思えないな」 「いや、おたくなら出来る。俺には切れるやつとそうじゃない奴の区別はつく。おたくは間違いなく切れ者だ」 「本当に切れ者なら、こんなヤバいことからはさっさと手を引いてるさ」  一斗は自嘲気味に言った。
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