取り引き

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「上手くいけば、二年前に他県で握りつぶされていた証拠を突き止めたってことで、笹原さんは本庁に戻って昇進もあるだろう。それに、事件解決が遅れているのもこっちの県警の責任に出来る。救出の見返りとしちゃ十分じゃないですかね」  電話(タレコミ)の主が笹原の心理を突いてきた。特捜本部に出向してもうすぐ二年、そろそろ異動の話が来る頃だ。この男が言う証拠を手にすれば、事件解決とはいかなくとも特捜本部に置き土産が出来る。被害者や遺族のことを考えれば解決もせずに昇進など嬉しくもないが、笹原のようなノンキャリアで警視になれるチャンスは滅多にない。 「おたく、切れ者だけじゃなく曲者だな。いいだろう、久しぶりに泊まり込んで情報を待っている」 「頼んだよ、笹原さん。自分の命はあんたにかかっている」  電話を切ると、笹原は本庁に頼んでいた逆探知と防犯カメラの画像から、タレ込んだ男の行き先を探るよう部下に指示をした。  今の東京は防犯カメラだらけだ。一ヶ所でも写っていれば、そこから周辺のカメラを当たって移動経路は大体わかる。しかも電話は全て東京駅周辺からだった。特定は難しくないだろう。  もっとも、通話の内容からある程度の人物像や居住地は判断できた。  笹原の堪では、口調の荒さは作られたもの。言葉の端々に知性は感じたられたし、記憶力も良さそうだ。声質からして、恐らく年齢は二十代。  そして二年前に警察官が殺された都道府県は限られている。しかも警察内部の不正に絡んで殺されたとなると、犯人も警察官の可能性が高い。  笹原の知る限り、二年前に不正に絡んで警察官が殺されたのは一件、群馬県で警察官二人と暴力団員が殺された事件だ。しかも当時二十代の大学生が巻き込まれて重症を負っていた。電話の主がその大学生の可能性は十分にある。  加えて、自分という表現をしたということは、敵討ちには加害者扱いされて亡くなった警察官の関係者も噛んでいるはずだ。  だが、群馬県警内で組織的に不正が行われたとしても、仁義を切らずに管轄外の群馬県に乗り込めばどうなるか。運が良ければ始末書程度で済むが、下手を打つと昇進どころではない。  かといって、今の段階で事を公にすれば群馬県警にも確認が行くのは目に見えている。  笹原の伝手でどうにか出来そうなのは、関東五県と山梨、静岡、新潟、長野の各県警間の調整や指導などを行う関東管区警察局。広域調整第一課の課長とは、警視庁時代、一時期上司と部下の関係だった。  彼を説得できるとしたら、線条痕のデータだけでは不十分、首を縦に振らせるには現物の弾丸が必須だろう。  電話の主が今日明日中に弾丸を見つけることに賭け、既成事実のように報告をあげれば警視庁の部隊を動かせるかもしれない。だが、もし弾丸の入手に失敗したら、警視昇進どころか小笠原あたりの派出所に飛ばされるのは確実だ。  逡巡はわずかの間だった。何の権限も持たない一般人の立場で不正の証拠にたどり着きながら、地元の警察を頼れない若者。濡れ衣を着せられて殺されたかもしれない警察官の関係者。  下手を打ったらその時のこと、寝覚めの悪いことはしたくない。    久しぶりに味わう神経がひりつく緊張感に、心中の猟犬(警官魂)が目覚めるるのを認めた笹原は、覚悟を決めて受話器を取った。
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