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「若君。今宵のぽろんくせま、私は一体何をどうすれば良いのでしょう?」
琴姫の言葉に、有禅が端正過ぎる面持ちで微笑む。
「なに、今宵そなたはただ我が傍らにて座しておるだけで良い。終わりがないと言えば終わりのない儀式ゆえ、ある程度わしの気が済めば終わりと致す」
「は、はぁ……」
益々訳が分からぬと眉を下げて見つめる琴姫に、有禅の指先が再び伸びる。
その指先が琴姫のある部分に触れたのだが、琴姫は指先が眼のすぐ先に現れ、反射的に眼を閉じた。
直後、自らの瞼にうっすらと感じる有禅の指先の温もりと感触に、琴姫の胸が高鳴った。
「フフ……相変わらずなんとも面白き形よ……あれが人の眼につくとこうなるのだからな。姫の顔はとても愛らしいお顔じゃ。これはずっと見ておっても飽きぬな。南蛮人も面白き慣わしを作ったものじゃ」
そう言いながら、どういう訳か有禅がただひたすら自分の眼の辺りを人さし指や親指の腹でそっとなぞるようにして延々と触れ続けるので、胸が高鳴りつつも琴姫は不思議に思った。
「あ、あのぅ……若君、一体先程から何をなされておられるので?」
あぁこれかと呟きつつ、有禅が琴姫の耳元で低く囁いた。美丈夫とは声までこんな耳心地が良いものなのか。目を閉じているせいか耳に入る声がより身体の中へ入り込んでくる感じがして、琴姫は身体の火照りを感じ、やや俯きがちになる。
しかし、有禅が面を上げよと言うので、琴姫は赤らめ顔のまま面を上げた。こんなにすぐ傍らに赤の他人、それも三日後に祝言を挙げる殿御の存在ということもあり、琴姫の額から変な汗が大量にふき出る。大漁じゃ。上げ潮じゃ。
嫌じゃ、恥ずかしい……若君に脂ぎった姫じゃと嫌われてしまう。こんな美丈夫の益荒男に嫌われてしまっては生きていけない。出家以外に道はない。
自分の袖で額の汗を必死に拭う琴姫を微笑ましく見つめながら、有禅が答える。
「侍女がそなたの睫毛につけておるこのくせまを愛でておるのだ」
「はぁ……くせま、にございますか」
「そうじゃ。この人の手で作られた睫毛はよう出来ておるな。そなたとの縁談が決まった折に母上に見せて頂いて以来じゃ。南蛮人の商人から先代が買うて以来、このくせまとやらは代々受け継がれておってな」
そう話している間も、有禅は琴姫の頬や身体に触れるでもなく、ただひたすらにそっと指の腹で、琴姫がお糸によってくっつけられたくせまなるものに触れるのみ。
「そなたが付けているくせまに触れている間、わしはそなたを見つめながら愛おしい旨を口にする。くせまが自然に剥がれ落ちるか、わしが終わりにするとこの両のくせまを外せば、今宵の儀式は終わりじゃ」
「さ、左様でござりましたか……」
「うん。南蛮人というのは、こうして祝言を挙げる前に迎え入れる者と親しくなるようじゃ」
何それ。
南蛮人曰く、相手と言葉を交わしながら触れていたくせまが落ちる様をぽろんと言うらしい。ぽろんとしたくせまを見て儀式は終わるのじゃと。
琴姫の眼につけられたくせまを触れる有禅が付け加えた。
琴姫はあぁ成程と、そこでようやく合点がいった。
だから、ぽろんくせまという名だったのか。
何それ。
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