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間もなく亥の刻になろうとしている。湯浴み後、琴姫は側仕えのお糸に寝化粧を施された。
「これはまたなんとも面妖な……眼が落ち着かぬ。それに重い」
わさわさする。それに痒い。
「姫様、今暫くのご辛抱にございます。今宵の儀が滞りなく相済みましたならば速やかにお取り外し致します故」
「うん」
早く外したい。
琴姫は鏡にうっすらと映る自分を見て小さく笑った。今宵、自分はこのような姿で若君を迎え入れるのか。大丈夫なのか。もしかして謀られたのやも。寝所へとやって来た若君に、たわけとか慇懃無礼であるとか怒られたりしないだろうか。
心が落ち着かない琴姫に気づかぬ様子のお糸が、一仕事終えたと言わんばかりに達成感に満ち溢れた顔を浮かべ言った。
「茅様に命じられましたお支度は全て整いましてございます。では、これより寝所に参りましょう」
「う、うん……」
「フフ、そうご案じ召されますな。若君は情に厚く懐の深い御方。かよわき姫様を優しく導いてくれまする」
顔面蒼白気味の琴姫に、お糸がふわりと微笑む。
そうだと良いのだけど。別にかよわくもないけど。
こうして身を清めた琴姫は、灯りのついた蝋燭台を手にしたお糸に連れられ、虫の音を耳にしながら若君の寝所へと続く薄暗い廊下を静々と進んだ。
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