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今宵、ポロンクセマな秘事にて
*
春告鳥がホーホケキョと小気味よい声で鳴く。どこまでも麗らかな春。庭で咲き乱れている躑躅の花の周りを、白黄の蝶が軽やかに舞う。
下座に座る侍女頭の茅が、こほんと一つ咳払いした。張りつめた空気。ただならぬ雰囲気に、上座に座るこじんまりとした琴姫の頬が引き攣る。
「琴姫様。恐れながら、今宵のぽろぉんくせぇまについてご説明申し上げます」
「ぽぉろんくせぇ、ま?」
「いいえ。ぽろぉんくせぇま、にございます」
「ぽろぉん、くせぇま……」
「左様でございます」
能面ヅラのまま、眉無し離れ眼の茅が淡々とポロンクセマについて、今宵の主役の一人である齢十七となる琴姫に語り始めた。
「まず、ぽろぉんくせぇまとは南蛮渡来より伝えられし正式な閨前の慣わしにございます」
「はぁ、閨前の」
「はい。琴姫様の御国では、というよりこの国以外ではぽろぉんくせぇまの習わしはないと聞いております。閨前の神聖な儀式なれば、このぽろぉんくせぇまがどのようにして何が行われるかまでは、大殿様と奥方様と若君、それに南蛮の言葉に精通している学者坊主しか知らないことでございます。私達はただ、支度に何が必要かを奥方様より聞かされているのみ。御家の存続にも関わる秘事でございます故」
「御家の存続……そんな大事であるのか」
「大事も大事でございます。若君との初顔合わせの日でもございますれば。今宵のぽろぉんくせぇまが恙無く行われましたら、三日後に晴れて祝言にございます。ですので、まずは今宵のお務めを無事に果たせられませ。お身体をお清めになられました後、琴姫様におかれましては若君……有禅様の寝所にて座してお待ち頂きます」
「うん」
「有禅様がお見えになるまで決して先にお休みになってはいけません」
「うん」
「お見えになられましたら、後は命じられるがまま、身も心も潔くお委ね下さりませ」
「う、うん……潔く……」
「ぽろぉんくせぇまの最中は、いかなることが起きようとも異を唱えてはなりませぬぞ」
「い、いかなることが起きようとも……」
「左様でございます」
「あの、そのぉ……ぽろぉんくせぇま、とやらを辞退すること、叶わぬか?」
「滅相もない。ようやくこぎつけた和議を破棄させるおつもりかっ」
「す、すまなんだ……」
怒られた。
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