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「さぁ、そこの側近のあなた、名前は何て言ったかしら……ああ、確かフランクだったわね。ダンスはできるでしょう。練習のパートナーになって下さいね」
なかば強引にサイクス夫人に連れてこられたフランクは、帯刀していた剣を部屋の隅に置いた。
まさか私の相手をさせられるとは思ってなかったようだ。
断るタイミングを逃してしまった彼は、夫人に言われた通り、私の側までやってきた。
右手を私に差し出す。
「僕でいい?」
サイクス夫人は有無を言わさぬ凄みがあるので、断るわけにはいかないだろう。
私は頷くと彼の手を取った。
フランクの左手は私の手を軽く握り、彼の右手は私の背をしっかりと支える。
彼とは長年婚約者だったが、ダンスを踊るのはこれが初めてだった。
「ホールドする時は、肩が上がらないように。駄目よ肘を後ろに引かない!」
夫人は厳しく、先程から私は怒られてばかりだ。
「エレノア、リードするから僕に体を預けて」
フランクはあまりに注意される私を見かねて、私の耳元でそういうと、三拍子の音楽に合わせてゆっくりステップを踏んだ。
「ありがとうございました」
「こちらこそ」
挨拶だけを済ませ、そのままホールを出ようとした時、フランクは私を呼び止めた。
「エレノア少し話ができないだろうか?」
彼の声は寂し気にホールに響く。
「今回は、お手を煩わせて申し訳ありませんでした。けれど、貴方と話す事はありませんので失礼します」
「エレノア……待って」
ちゃんと言わなきゃ、ついてきそうだ。
そう思って、私は彼の側までつかつかと歩いて行った。
「フランク、貴方は今はもう、婚約者でも何でもありません。今回は、夫人が決められたのでどうしようもなかった。けれど、今後このような事は二度とありません」
「それは分かっている。ただ、君に謝りたかっただけだ」
「そうですか」
「君の事をちゃんと見ていたら、間違いは犯さなかった。本当にすまなかった。あんなことがなければ、今頃、君と一緒に居られたのかと思うと、とても残念だ」
「……」
あの時は残念でも何でもなかったのね。
今の私だから、貴方は残念なのよ。
心の中にあるモヤモヤした私の思いに、彼は気付かないだろう。
「君は、とても美しくなった。今の君なら、どんな令息でも夢中になるだろう。あの時の私は本当に何も分かっていなかったんだ」
「……そう」
確かにあの時は子供にしか見えなかったでしょう。
「周りの友人からいろいろ言われて、私は真に受けてしまった。自分が遊びたいばかりに、婚約者の君を蔑ろにした。若気のいたりとでもいうか、そういう時期だった」
そうよね。十代の若者だもの。子供をあてがわれて不服だったのでしょう。
「私は成長が遅かったものね。仕方がないわ……」
彼は分かってくれたのかと瞳を輝かせる。
私が彼を赦したのかと思ったのだろう。
「とでも、言うと思った?」
「……へ?」
「仕方がないわけないでしょう。貴方は、子供過ぎたの。未熟すぎ。年下の私ですら、もっと大人だったわ」
「そ……れは……」
まさか、こんな言葉が私彼でるとは思ってなかったのだろう。厳しい言葉に彼はたじろいでいる。
「あなた、ぜんっぜん、かっこよくなかったわ。自分の容姿や爵位に胡坐をかいて、大切なものが何なのか、まったく見ようとしていなかった。若かったから?そんな言葉で片付けないで」
「……そう……だよな」
「そうよ。一生反省してなさい」
自分はこうだった。自分はああ思った。自分は自分はって、相手がどうだったかなんて何も考えてない。彼は今でも子供だ。
「あなた、ちっとも成長してないわね」
私はくるりと彼に背を向けて、ホールの扉へまっすぐ歩いて行った。
やっと言えた。スッキリした!
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