16人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
フランクは卒業後王宮に出仕する。
王太子の側近として働くらしい。
まぁ、今までと何ら変わりはないだろう。私はそもそもまだ十六歳になったばかり、結婚するとしても卒業後だ。
「本当に結婚するんだろうか……」
あまりにも蔑ろにされすぎていて、婚約自体が継続されているのかも怪しい。思わずため息が出た。
「結婚?するの?」
隣から急に話しかけられた。
ふと横を見ると庭師さんだった。今日は正装している。スラッとしていてかっこいい。
「婚約者がいるようですので、解消か破棄されなければ結婚するでしょう。こう見えてもなんと、私は侯爵令嬢ですから」
「はは、確かにそうだね。いつも泥にまみれて作業しているから、君が侯爵令嬢だというのを忘れてしまう事があるよ」
彼は、果実水を口に運んだ。
本を忘れた日以来、私は頻繁に庭師さんのもとを訪れていた。
通い始めて、何ヶ月かたった後、彼が薬学科の教師なのを知った。
庭で草を育てているから、私はてっきり庭園管理の人だと思っていた。
大変失礼しましたと謝罪して、それ以来、先生の薬草づくりを手伝う事になった。
泥臭い仕事も最後までやり切り、すぐ結果が出なくても諦めない先生の姿は尊敬できた。
一時の欲に負けず、忍耐力がある彼のような人が成功者となるんだろうなと思った。
そのうち薬学に興味が湧いて、私の情熱を捧げるべきものはこれだという目標を見つけた。
「先生はダンスを踊らないんですか?」
「君が踊りたいなら踊ってもいいけど、あまり目立ちたくはないな」
先生は教師の中でも一番若い。
結構イケメンだと思うし、生徒たちにも人気があった。
私のような地味令嬢とダンスをすれば、目立ってしまうし恥ずかしいのだろう。
「そうですか」
「今日の主役は卒業生だからね」
先生とそんな話をしていると、卒業生の男子生徒が一人、私のところへやってきた。
先生は『ダンスの誘いかな?』と私の耳元で囁いた。
私は『そんな訳ないじゃない』と彼に視線を移す。
「フランクからの伝言だ。パーティーが終わったら、話があるから、裏庭のガセボへ来るようにだと」
命令口調に腹が立つ。
私に断る選択肢はあるのだろうか。
多分、無理だわと思い返事をした。
「わかりました」
フランクはガセボで待っていた。
まさに、一年ぶりに婚約者と二人で会う。
フランクは呼び出したにもかかわらず、挨拶もなしに話し出した。
「この一年、君と共にこの学舎で学んだ。やはり、私たちは相性が悪いと思う。両親には婚約解消の方向で話を進めてもらうよ」
学舎で学んではいたが、一緒にではない。
彼はとにかく、何らかの理由を付けて婚約解消したいのだろう。
「他のご令嬢と仲良くしていらしたとか、夜会にはエスコートもせず、プレゼントも渡さなかったとか、入学そうそう話しかけるなと言ったとか、それ以来一度も会話をしていないとか、そういうのは婚約解消の理由ではないのですね。あくまでも相性が悪かったという事ですね」
「き、君は……厚かましいな。そんなに私の妻になりたいのか?付きまとわれて迷惑したのは私の方だ」
付きまといってなに?詳しく説明してもらうのも正直面倒だけど、聞き捨てならない。
貴方の取り巻きから受けていた嫌がらせの事は、水に流せという事なのね。
「婚約解消でしたら、慰謝料だけはきっちりとお支払い願います。私は貴方に付きまとった覚えなどありませんが、もし事実だとしたら、貴方の周りにいる方以外で証人を。それと証拠もお願いします」
とたんフランクは眉間にシワを寄せ不機嫌になる。
まさか、私に言い返されるなどとは思ってなかったようだ。
「そんなものはない。そもそも、君が私の周りの友人たちを虐めたんだろう。イザベラやミランダに足を引っかけたり、お茶をかけたり、脅したり嫌味を言ったりしたそうじゃないか。全て人目のない所でだ。証拠や証人を残さないようにしていたのは君だろう」
ああ、この人は全然分かっていない。
その時、後ろの方でガサガサと音がした。
「ほうら、盗み聞き趣味の猫たちが潜んでいたよ」
先生がフランクの取り巻きたちを連れて、木の陰から出てきた。
「盗み聞きだなんて、そんなことしてません。フランク様が心配で、後を追ってきただけです」
先生は眉を上げて苦笑する。
「ここは外だし、夜も遅い。君たちは私の研究室においで。中の方が話しやすいだろう」
彼は全員を、庭園の管理棟に連れて行った。
庭園管理もしているが、この棟は薬草学の研究室も併設している。
新しい施設で、設備も充実している。
「さぁ、ここで話をすればいい。フランク君とゆかいな仲間たちだね。そして、エレノアは一人。私はレフリーをしよう。その前に、皆が冷静になれるようにお茶を用意するよ」
先生は私たちに椅子をすすめ、ティーカップに温かいハーブティーを入れて、持ってきてくれた。
「興奮していたら冷静な話し合いができないからね。まずはのどを潤そう」
自家製ブレンドだと言われて、皆がお茶を口にした。
飲んだお茶は少し酸味があり、不思議な味がした。
最初のコメントを投稿しよう!