第一章「リスタート」

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 三度目の来院は、久しぶりの試合観戦から二週間後のことだった。  要の所属する東京スワンズが加盟しているラ・リーグは、全国各地に本拠機を置く六チームが参加しており、シーズン中に開催される試合の半分はホームゲーム、もう半分は各本拠地に出向いてのビジターゲームとなっている。  遠征で家を空けていたから来られなかったのだと、予約の際に要本人から聞かされた。 「美澄ぃ……バス移動で腰バキバキだから、重点的にお願いしてもいい?」 「分かりました。マッサージ終わったら、電気治療もしましょうか」 「ん。ありがと」 「あ、そうだ。先輩、試合観ましたよ」 「マジで? どうだった? 俺、活躍した試合だった?」  隠しきれていなかった疲労の色が一気に吹き飛んだような、明るく弾んだ声だった。 「一回裏に、スリーラン打った時の試合でした」 「めっちゃいい時じゃん! やっぱ俺、持ってんなぁ」 「そうですね。やっぱり、本当にカッコよかったです」  アンダーウェア越しに触れ、全身の状態を確認していく。本人の申告どおり、腰の筋肉がカチカチになっていた。  遠征なんて日本各地へ行けて楽しそうだと思うが、長時間の移動やそれにともなう疲労の蓄積など、いいことばかりではないらしい。 「いいとこ見せられてよかった」 「でも、次の試合では三打席連続三振……」 「うわ、そっちも観ちゃった?」 「はい。肩に力入りまくってるなぁ、って思いました」  アウトを告げられた時の悔しそうな表情は、初めて見る顔だった。 「あの時は負けてたから、どうしても点数とってやりたかったんだよ。頑張って投げてるピッチャーの為にも」 「その結果、最後の打席で逆転タイムリーって……漫画に出てくるヒーローかって思わずツッコミいれましたよ」 「一人で?」 「一人で。ビール飲みながら」 「はは、その美澄見たかった」 「昔からそうでしたよね。要先輩は、責任とか期待とか、全部一人で背負えてしまう人だった」  要は何も言わなかったけれど、指先に伝わってくる肩の張りが答えだった。先日よりも時間をかけて解していこう。  片付けと戸締りは下っ端である美澄の役目だ。多少時間がオーバーしても、何も言われはしないだろう。
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