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マッサージに電気治療。全ての施術を終える頃には、多々良も吉村も帰宅した後だった。
二人きりの室内は静かで、互いの呼吸さえよく聞こえる。好都合だ。心置きなく懸念をぶつけられる。
「要先輩、少し気になったことがあるんですけど」
「んー?」
「前回来院した時より、痩せましたよね……?」
わずかな変化だったが、それはたしかな違和感だった。壁に貼られた人体模型をイラスト化したポスターを眺めていた要が、ぴくりと肩を跳ねさせる。
要先輩、ともう一度名前を呼べば、先輩捕手は恐る恐るといった様子で振り返った。バチッとぶつかった目は、すぐにフラフラと泳いで逸らされる。
自覚ありか、この人。
「飯、ちゃんと食ってるんですか」
「まあ、それなりに」
怪しい。それなりって何だ。
「ホントですか」
「……うん」
「今日の夕食は?」
「食べた」
「何を」
「…………素うどんを、少し」
「はい?」
この身長と筋肉量で小麦粉オンリーはダメだろう。そもそも、キャッチャーは消費量の多いポジションだ。しかも今は夏。たくさん食べても、どうしても夏は痩せてしまうんだと、同級生のキャッチャーが言っていた。要だって例外ではないはずだ。
「タンパク質は? 脂質は? ビタミンやミネラルは? というか、少しってどれくらいですか」
「このくらいの器の、半分」
両手の手のひらで受け皿を作って、要は唇を尖らせた。
「いやいやいや、計算しなくてもカロリー不足でしょう!」
「……ス、スミマセン」
「まさか、毎年じゃないですよね」
「夏は、どうしても苦手で」
「でも、シーズン打率は低くないですよね」
調べてみたら、三割前後だった。要は「気合い」と言って苦笑した。その状態で今までどうにかなっていたのは、才能と努力と意地っ張り故か。
心配を通り越した感情が、何故か怒りに変換された。ふつふつと湧き上がって、色素の薄い目が据わる。
「要先輩」
「っ、ハイ」
ガッと要の右手を掴んで、甘ったるい目をじっと見つめて、美澄は言った。
「うちに来てください。俺はこれから夕飯なので、一緒に食べましょう」
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