第一章「リスタート」

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 マッサージに電気治療。全ての施術を終える頃には、多々良も吉村も帰宅した後だった。  二人きりの室内は静かで、互いの呼吸さえよく聞こえる。好都合だ。心置きなく懸念をぶつけられる。 「要先輩、少し気になったことがあるんですけど」 「んー?」 「前回来院した時より、痩せましたよね……?」  わずかな変化だったが、それはたしかな違和感だった。壁に貼られた人体模型をイラスト化したポスターを眺めていた要が、ぴくりと肩を跳ねさせる。  要先輩、ともう一度名前を呼べば、先輩捕手は恐る恐るといった様子で振り返った。バチッとぶつかった目は、すぐにフラフラと泳いで逸らされる。  自覚ありか、この人。 「飯、ちゃんと食ってるんですか」 「まあ、それなりに」  怪しい。それなりって何だ。 「ホントですか」 「……うん」 「今日の夕食は?」 「食べた」 「何を」 「…………素うどんを、少し」 「はい?」  この身長と筋肉量で小麦粉オンリーはダメだろう。そもそも、キャッチャーは消費量の多いポジションだ。しかも今は夏。たくさん食べても、どうしても夏は痩せてしまうんだと、同級生のキャッチャーが言っていた。要だって例外ではないはずだ。 「タンパク質は? 脂質は? ビタミンやミネラルは? というか、少しってどれくらいですか」 「このくらいの器の、半分」  両手の手のひらで受け皿を作って、要は唇を尖らせた。 「いやいやいや、計算しなくてもカロリー不足でしょう!」 「……ス、スミマセン」 「まさか、毎年じゃないですよね」 「夏は、どうしても苦手で」 「でも、シーズン打率は低くないですよね」  調べてみたら、三割前後だった。要は「気合い」と言って苦笑した。その状態で今までどうにかなっていたのは、才能と努力と意地っ張り故か。  心配を通り越した感情が、何故か怒りに変換された。ふつふつと湧き上がって、色素の薄い目が据わる。 「要先輩」 「っ、ハイ」  ガッと要の右手を掴んで、甘ったるい目をじっと見つめて、美澄は言った。 「うちに来てください。俺はこれから夕飯なので、一緒に食べましょう」
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