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キッチンカウンター越しに見える憧れの人は、居心地が悪そうに小さくなっていた。ソファに浅く腰かけ、テレビを眺めている。時折こちらをチラチラ気にしているのが面白い。
明日も試合なので、あまりのんびりはしていられない。身体を休めるのも、プロ選手の立派な仕事だ。
ご飯はタイマーで既に炊き上がっていて、あとは食材を刻んでいくだけ。刻んだオクラに一口大にカットしたアボカド、納豆にとろろ。それらをどんぶりによそったご飯にのせていく。同時進行で作った豆腐とワカメの味噌汁も、いいタイミングで完成した。
「先輩、お待たせしました」
「ありがと。おお、すげー」
「刻んでのせただけなので。簡単ですよ」
「でもごめんな、わざわざ」
「今日は元々ネバネバ丼にする予定だったので。一人分も二人分も変わらないです。さ、食べましょうか」
最近、暑さがより厳しくなってきたから、今日は元々食べやすさ重視のメニューにする予定だった。
美澄が手を合わせると、要もそれに続く。いただきます、と二つの声が重なった。
要は納豆ととろろの境い目をスプーンで慎重にすくって大きな口で頬張ると、ふにゃりと相好を崩した。美味しいですか? と聞くと、何度も首肯する。口に合ったようで何よりだ。
「うめぇ」
「それはよかったです。ちなみにキムチも刻んだので、味変の時はご自由にどうぞ」
「俺、辛いの苦手……」
「あー、甘党でしたっけ」
「そ。辛いのもだけど苦いのも無理」
「このあと、コーヒーいれようと思ってたんですけどお茶にしますね」
「牛乳入ってれば大丈夫」
「何対何です?」
「九対一」
「牛乳が九?」
「うん。あと甘くしてほしい」
「お茶いれるの、全然手間じゃないですよ?」
「コーヒー牛乳は好きなんだよ、俺」
それはもはやコーヒー牛乳ではなく牛乳コーヒーでは、と思ったが、口には出さなかった。「好き」を語る要は、いい顔をしている。
「もしかして、今もスタベの新作飲みに行ってるんですか?」
「いや、身体の為にもあまり行ってない。甘いもの食べていい日は決めてて、三ヶ月に一回くらいにしてる」
「俺、要先輩が寮の食堂ではちみつ飲んだの、いまだに覚えてますよ」
「あの時の美澄のドン引き顔、俺も覚えてるわ……」
要が極度の甘いもの好きだと知ったのは、美澄が高校に入学し、バッテリーを組んで間もない頃だった。スタベの新作フラッペが発売されるたび付き合わされるのだと、当時の最上級生が教えてくれたのだ。
何だか不思議な気分だ。嫌われてしまって、もう二度と会えないと思っていた要が、美澄の家で、美澄の作った料理を食べながら、想い出話に花を咲かせている。
夢かもしれない。逃げた野球に再び目を向けて、センチメンタルになった心が見せた幸せな夢。でも、それでもいいや。
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