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二度目の夕食だというのに、要はあっという間にどんぶりを空にした。
「ごちそうさま。美味かったし、すげー食いやすかった」
「よかったです。じゃ、コーヒーいれてくるのでゆっくりしててください」
「何から何まで申し訳ないから、何から手伝うよ。皿洗いとか」
「大丈夫です。俺が勝手に連れてきたので」
「俺、美澄にあんなに怒られたの初めてだったからビビった」
手伝いは不要だと言ったのに、要は空の食器を持ってついてきた。
万が一お湯がこぼれて火傷なんてさせたら、美澄では払いきれない賠償金を球団から請求されそうなのでキッチンから追い出すと、渋々さっきまで座っていたソファへと戻っていった。その背中があまりにも寂しそうで、美澄は大急ぎで食器を片付け、アイスコーヒーとアイス牛乳コーヒー(激甘)を作った。
「要先輩。すみません。すごく甘くしちゃったので、牛乳足したい時は言ってください」
「えー、そんなに? いただきまーす」
「あ、ちょっ、ほんとに甘いですって」
注意喚起したにもかかわらずグラスを豪快にあおった要が、キラキラと目を輝かせて美澄を見た。
「やばい、めっちゃ美味い!」
「俺は要先輩の味覚が分からない……」
まるで子どもみたいな笑顔につられて笑ってしまう。テレビでただ流れているバラエティも相まって、リビングは明るい雰囲気に満ちていた。
「お前がいたら、夏も苦手じゃなくなりそう」
その言葉に、鼓動が速くなる。分かっている。要に必要なのは美澄自身ではなく、施術や作った料理のほうだってことは。
「自分で作る余裕ないなら、ご家族に作ってもらったらいいんじゃないんですか? 埼玉と東京なら、通えない距離じゃないですし」
要が母子家庭で育ったのは知っていた。彼によく似た美人な母親が、たまにスタンドの上のほうで応援していたのを覚えている。
試合間の空き時間に会話する姿を見るかぎり、親子関係は良好そうだったし、息子がこれだけ活躍しているなら喜んでサポートしてくれそうな気がするのだが。そんな美澄の考えは、すぐに叶わぬものだと気付かされる。
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