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「母さんは死んだよ。俺、もう独りなんだ」
「……え」
「俺が高校を卒業して、一ヶ月くらいの時かな。プロになりたてホヤホヤだった俺に心配かけたくなくて、調子悪いのずっと我慢してたみたいでさ。倒れて病院に運ばれた時にはもう遅くて、あっという間だった」
美澄は衝撃のあまり取り落としそうになったグラスを両手で持ち直し、喉から言葉を絞り出した。
「そう、だったんですね……」
「それからもうずっと一人でさ。別に、自分で飯作れないこともないんだけど、夏とかシーズン後半はやっぱりキツくて」
要は眉を下げて小さく笑った。
「すみません、何も知らずに……」
無神経な発言だったと、美澄は自分の無知を恥じた。生命と野球じゃ重みが違えど、突然失うということの痛みを知っている。
「言ってなかったもん、仕方ねーよ。むしろ謝るのは俺のほうだろ。ちょうどお前が怪我した時期と重なったんだよ。手術するくらいの怪我だって聞いたのに連絡してやれなくて、先輩らしいことしてやれなくて……悪かった。本当に」
「謝らないでください。要先輩は何も悪くない」
「……俺、キャプテンだったじゃん」
「ええ」
扇の要で、四番で、キャプテン。そしてバッテリーを組んだ相棒として、誰よりも頼りになる人だった。
「俺、キャプテンとか、ほんと、そーゆーの向いてなかったんだよ。疲労と暑さとプロの緊張感でこのザマなのに。そんな奴が先頭に立ってまとめる立場とか、笑っちゃうよな」
「向いてないなんて、一度も思ったことはないです。要先輩を超えるキャプテンを、俺は知らない」
口の端に自嘲を含ませた要を、かぶりを振って否定した。美澄にとって、要は世界で一番のキャプテンだった。きっと、当時のチームメイトもそう思っているはずだ。
「まあ、そういうネガティブな感情を抱え込んで、平気なフリして意地を張り通せるところ。全然変わってないなーとは思いますけど」
「……よーく分かってんじゃん」
「バッテリーでしたから」
要が美澄を知っているのと同じだけ、美澄も要を知っている。いつか、胸を張って言える日が来ることを願っている。
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