第一章「リスタート」

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 予期せぬ再会から一週間後。要は再び多々良接骨院にやってきた。もちろん、電話できちんと予約をしてきた上でだ。 「こんちわー」  夜八時、五分前。にこにこと人好きのする笑みを浮かべて来院した要は、前回と違ってキャップとマスクをしておらず、ちょうど治療を終えて帰るところだった学生たちを驚嘆させた。  何せ、テレビの向こうで活躍するプロ野球選手が突然目の前に現れたのだ。言葉を失って目をまん丸にしている球児たちを横目に、美澄は要を奥の個室へ案内した。ベンチに座り、もぞもぞとパーカーを脱ぐ背中に問う。 「背中の調子、どうでしたか?」 「すげーよ。全然平気だし、身体も軽くて」 「ストレッチしました?」 「もちろん。毎日欠かさずやった。美澄のおかげだ」 「要先輩が自分でしっかりケアしたおかげですよ。ところで、もう少しオーラを抑えてきてください。学生たち、目がこぼれ落ちそうなくらい驚いてましたよ」 「悪い悪い。あんなに驚かれるとは思ってなくてさ。そんなに俺ってオーラあんの?」 「すごいです。眩しくて直視できない」 「と言いつつ、めっちゃ見てくるじゃん。おもしれーなぁ、美澄は」  こちらも二回目だからか、前回よりスムーズに言葉が出てきた。会話のリズムが懐かしく、心地良い。  断りを入れ、背中に触れた。一週間前のような張りは無く、しなやかな筋肉の感触が手のひらを押し返してきた。 「状態、かなり改善しましたね」 「マジ? 先週、美澄にマッサージしてもらってから、めっちゃ活躍したんだけど」 「それはよかったです」 「試合、テレビ中継されてるんだけどなぁ……もしかして美澄、プロ野球は観ない人?」 「……はい」  プロだけじゃなく、甲子園大会も観ていない。ニュース番組のスポーツコーナーで野球の話題になると、なんとなく後ろめたくてチャンネルを変えてしまう。  野球からは完全に離れていると言っても過言ではなかったが、そこまで正直に伝えたら悲しませてしまう気がした。 「観てほしいな。俺の野球してるとこ」 「……かっこいい、でしょうね」 「楽しませるって保証するよ」 「今度観てみます。ところで、背中は大丈夫そうですけど、どこか痛いですか?」  そういえば、二度目の来院の理由を聞いていなかった。予約欄にも書かれていなかったから、てっきり背中の張りがまだ続いているのかと思っていた。 「どこも痛くない。身体の疲れ取りたくてき来たって感じ。ダメだった?」  椅子を支点に身体ごと振り返った要が、こてっと小首を傾げた。  身長が百七十六センチある美澄よりも十センチほど背の高い男のしていい仕草ではないが、元々こういうあざとさがある人なので気にしない。 「もちろんダメじゃないです。じゃあ、今日は多めにマッサージしましょうか。前回と同じくうつ伏せでお願いします」 「はーい」  蓄積した疲労が全て、とは言わないけれど。少しでも来てよかったと思えるコンディションまで整えてあげたい。少しでも力になりたい。その一心だった。
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