落とし穴

1/1
前へ
/8ページ
次へ

落とし穴

「祥樹、あんた、また伸びたの!」  学校から帰った僕を見て、母さんが半ば呆れ顔で驚いている。夏服の半袖シャツでは分かりにくいけれど、ズボンの丈は誤魔化しが効かない。先月、お直しの店で裾出ししてもらったばかりだというのに、あっという間に七分丈になってしまった。 「だって……仕様がないじゃん」 「そりゃそうだけど。全く、急にどうしちゃったのかしら。お父さんの家系も私の家系も、背丈は低い方なのにねぇ」  母さんは、僕を見上げて苦笑いする。  今、僕の身長は180cmを超えた。7日間の無料お試しコースで確実に背が伸びた僕は、迷いに迷った挙げ句、伸長アプリで有料登録をした。以来、グングン伸びて……伸びて……もうすぐ5ヶ月になるけれど、伸長が止まらない。 「ご飯まで、勉強するから」  そそくさと自分の部屋に逃げると、着替えもそこそこにスマホを手にした。伸長アプリを立ち上げる。 「くそっ……どうやったら解除できるんだよ!」  僕の背が伸び始めて2ヶ月くらいは、周りの友達も驚くだけだった。だけど、異常な速度で伸びていく姿に、徐々に引き始め、近頃は誰も身長を話題にしない。愛花里チャンに至っては、化け物を見るような目つきで怯え、僕を避けている。  僕だって……もう充分だ。これ以上、身長は要らない。いや、伸びないで欲しい。なのに、このアプリには「終了」のコマンドがない。アプリの運営会社に問い合わせたけれど、回答は――。 『有料登録時の入力項目に、“伸ばしたい期間”と“希望最大値(上限)”があります。これらは任意で記載していただく項目ですので、入力しなくても先に進めます。しかし、これらの項目を未入力のまま【開始ボタン】を押すと、入力内容が無期限に遂行されます。アプリの性質上、当方でも中断・停止することは出来かねます。なお、これらの注意事項は、有料登録時の冒頭で明記しておりますので、何卒ご了承ください。』  契約時の注意事項(ただし書き)は、たとえどんなに長くても、小さな文字でも、決して読み飛ばしてはいけない。今更学んでも――後の祭りだけれど。 【了】
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加