玉砕しても

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玉砕しても

 焦ってタイミングを誤ったとは思わない。いや……そりゃ、多少は気が急いていたのは認めるよ。だって、僕の気持ちはもう2年も前からすっかり君に傾いていたんだ。だけど、勇気と状況がカッチリ合うのは難しくて……。それでも、僕が足踏みしている間に、君の心が誰かに攫われやしないかって、毎日ハラハラしながら見つめてきたんだ。 「えっと……あの、合原(あいはら)クン?」 「う、うん」  ゴクリ。喉がぎこちなく上下する。口内はカラカラ。両手のグーを更に握って、次の言葉に期待する。 「あたし、背の高い人が好きなの。ごめんねぇ」 「――――え」  春の淡い日差しが翳る、放課後の教室。彼女――槙田愛花里(まきたあかり)チャンが吹奏楽部の練習から戻るのを待ち構えて、僕は告白した。15歳の勇気を全部振り絞った一世一代の、乾坤一擲の、空前絶後の……。 「だからぁ。あたし、自分より背の低い男の子とは付き合えないって言ってるの!」 「なっ、なんで?」 「だって、一緒に歩いたら格好悪いもん」  絶句。  そんな……理由? 「ってことで、あたし帰るねー」  紺色のスクールバッグを肩にかけて、愛花里チャンはクラリネットの入ったケースを手に、教室の後ろドアに向かって歩き出す。 「ま、待って! 何㎝? 何㎝あれば、付き合ってくれるんだ?!」  咄嗟に追いかける。側の机にぶつかって、ガタガタ音が響く。  振り向いた彼女は、形の良い眉を面倒くさそうに歪めた。 「えー、あたしが165だからぁ……やっぱ175はマストって感じ?」 「ひゃく、ななじゅうご……」  彼女の望むレベルの高さに、心が折れかける。力なく呟く僕を放置して、彼女は立ち去ろうとした。 「もしっ! 僕が、175cmまで伸びたら、付き合ってくれる?」  反射的に食い下がった。こんな……こんな理不尽な理由に、納得してたまるかぁっ! 「うーん。考えてもいいけどぉ……あたし、待たないよ? 合原クンの背が伸びる前に、誰かを好きになっちゃうかもしれないし。175以上の誰かに告られたら、その人と付き合っちゃうかもしれないしぃ」 「構うもんか。可能性があるなら、僕、頑張るよ!」 「ふーん? じゃあ、頑張ってー」  僕の宣言を背中で聞いていた愛花里チャンは、左手を軽く上げるとヒラヒラと振って、今度こそ教室を出ていった。
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