第十一章 闇に引きずられる彼女

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過去のトラウマ。捺美の家庭環境は複雑だった。家庭というのは閉ざされた空間で、そこでなにが起こっていたのかは外部の人間にはわからない。 「離婚届は書いたけれども、辞職願や休職願は出していない。ここに、捺美さんの葛藤が見て取れます。または、離婚は強く勧められたけれど、会社を辞めることは勧められていないというケースも考えられます」  先生の見解に、高城が嬉々として口を挟んできた。 「それは考えられますね。捺美さんのご家族は、捺美さんの収入もあてにしてきた経緯があります。離婚は絶対にさせたいけれど、大企業の収入は捨てきれない。捺美さんというよりも、継母や継娘の葛藤が感じられます」  捺美の字で書かれた離婚届を見たとき、人生が終わったくらいの衝撃を受けた。思い出すだけで胸が痛む。 「継娘との接触が直接の原因ではないとすると、いったい捺美になにが起きたんだ?」 「これはあくまで推論ですが……」  先生は俺から言質を取ったにも関わらず、さらに保険をかけた言い方で話し始めた。 「様々な患者を診察してきた経験から、多くあるケースとしての話をしましょう。愛着形成が困難な家庭環境で育ってきた子どもは、どんなに理不尽な目にあっても、拒否することができません。いくら周囲が離れた方がいいと説得しても、戻ってしまうケースがよくあります。本人も大人になり、親はおかしいと理解し始めても、どうしても捨てることができないのです。子どもを捨てる親はいますが、大多数の親は子どもを捨てられないでしょう。それと同じように、子どもも親を捨てられないのです」 「それは、血の繋がっていない親子でもいえることですか?」  高城が真剣な面持ちで問う。
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