底辺バンドマン、売れっ子になったのでかつて一方的にコンプレックスをいだきまくっていた後輩ギタボに会いに行くも悪魔の契約をさせられる

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ナニをとは言わないが、いろいろ終わった後に俺はベッドの上でビリビリになった可哀想なTシャツを抱きしめて泣いた。25万もしたのに。買う時すごくドキドキしたのに。芸能界で生きる俺の戦闘服だったのに! 「ロックンローラーがTシャツ破かれたぐらいで泣かないでくださいよ」 早見はスーツに袖を通しながら呆れたように言った。 「うるせぇ!お前に何がわかる!!悪魔!」 「魂を売る前は人前でおめおめ泣くような人じゃなかったってことぐらいですかね」 「またそれか!」 ズタボロTシャツを早見に投げつけた。俺は悪魔に魂を売った覚えはないし、昔から涙もろかった。 「確かに人前で泣くなんてことは恥ずかしいことだと思ってたよ、昔は。でも案外涙は役に立つ。いいねにもなるし、金にもなる。昔と変わったと言うんならそれは成長とよんでくれ。大人になったんだよ、俺は」 「なら証明してくださいよ。『天使真理央(あまつかまりお)』。あんたの魂を買ったのはその悪魔です。彼に会えばわかるはず」 「天使真理央?超超超売れっ子俳優の?あの人が人外だったら天使であっても悪魔じゃねーよ。めっちゃいい人だった」 「会ったことあるんですか?」 「パーティーでちょっと話したことがあるだけ!でっかい目キラキラさせて、応援してます!って声かけてくれた。はーー良い人」 「ほら、あやしい。超超超売れっ子俳優が、先輩に声かけます?どうせ契約のことしっかり忘れてるかどうか確かめられただけでしょう。奴は悪魔法人東京支部に登録がある悪魔です。はい」 早見はどこからとも無くタブレットを持ち出してきて、天使真理央の宣材写真の下に悪魔法人東京支部所属悪魔と書かれたプロフィールを見せてきた。 「お前ほんとだるいな。天使真理央になんて言うんだ?お前悪魔?俺の魂買った?って?頭おかしいだろ、俺が」 「俺の名前出してもいいんで、『二重契約してしまった。契約を解除したい』と話してください」 その時、ふと思った。 もしもこいつの言っている通り、天使真理央が悪魔で、どう言うわけか魂を売る契約をしてその代わりに俺が売れっ子になっていたとしたら。契約を解除したら、落ちぶれバンドマンに戻るのでは? 「先輩……、今『もしかしたら早見の話は本当で契約解除なんか申し出たらまた底辺バンドマンに戻っちゃうかも〜』って考えましたね?」 「考えてねぇし!てかまた底辺バンドマンってお前が言うなよ!……万が一、万が一だ。万が一悪魔に魂を売っていたとして、契約が解除されたら、俺はどうなるんだ?突然、枕営業!?不潔!とか、人前で泣く?お断りだ!ってなるのか?」 「魂売却は、一番欲しいものを得るかわりに魂を売る契約です。魂ってのは、うまれ持っての運やツキ、性質、好きや嫌い、喜怒哀楽、食欲、性欲、睡眠欲のことを言います。それらは一気に消え去るわけじゃ無くて、少しずつ悪魔に奪われるんです。すでに失ったものは戻りませんけど、契約を解除できればこれ以上無くすこともありません」 早見の話は興味深かった。とてもわかりやすかったけれど、一番大事なことで、一番わからない事がある。俺は売れっ子バンドマンになることを一番に望んだのか?それとも他に別のことを望んで、例えば、歌が上手くなるとか、運が良くなるとか、その結果売れただけなのか?前者なら契約を解除した途端に底辺バンドに逆戻りしそうだが、後者ならまだこの生活を続けられる余地がある! ただ。 別に解除する必要なくね? 「先輩のことだから、解除する必要なくね?って思ってるんだと思いますが……、先輩は魂売却で性欲が無くなっていくんですよ。で、俺に性命力も吸い続けられる。つまり、死にます。身体が持ちません。持って1年?いや半年?」 「待て待て待て待て、よくもそんな俺から性命力を吸い取ったな!なぜこの話をヤる前にしない??殺す気か?」 「先輩、どんなに聞いても魂売ってない〜〜って言ってたから、俺もそうなのかな〜〜?って思ってたんです」 「嘘つけ!100歩譲って最初のはそうだったとしても、さっきのはもうすでに色々調べた後にヤったろ!?悪魔!悪魔だわ!お前!」 「悪魔ですよ。まあでも安心してください。これから先輩は天使真理央に解約を申し出るチャンスがいっぱいありますから」 「なんで……」 「映画の主役」 はっとした。 そうだ!俺が主題歌を担当する映画の主役こそ、天使真理央だった。それに近々対談も予定されているんだった。ツいてる!! ……ツいてるのか? 「本当に天使真理央は悪魔なんだな?」 「100パーセント、ガチ悪魔です。本人はシラを切るかもしれないけど、その時は思う存分酔わせて持ち帰ってきてください。俺が契約解除させてやりすよ」 早見は自信たっぷりウキウキで言ってきたけれど、俺はどんどん威勢を失っていった。なんと言っても、早見との契約解除を選べば死、天使との契約解除をしなければ死、契約解除をしたら死(気持ち的に)。選択の余地がない。 「またあの頃に戻ることになるのか」 それって死ぬことよりも良いことなのか? いっそ死んだ方がマシかもしれない。 ってぐらいには、思う気持ちなんて、この男にはわからねぇんだろうな。 ポロリと溢れた俺の涙を、早見の右手が拭い去っていった。 「戻らないかもしれませんよ。先輩が望んだものがなんなのかわかりませんけど、良い歌作ってるじゃないですか。それは失われません。もうすでに世の中に出回ってるし。オリコン1位とった曲があるじゃないっすか?いくら悪魔でも歴史は変えられませんし」 「アレはお前が昔作った曲パクったんだ」 「最低だよあんたまじで!」 「でもお前だって気づかないほど、上手くアレンジできてるのは評価されても良いだろ!」 早見はここぞとばかりにお得意のクソデカため息を吐いた。 「先輩さ、恥ずかしくないんですか?枕営業したり、曲パクったり。魂売ってまで、売れたかったんですか?」 「恥ずかしくない!俺にとってはどんなに頑張っても結果を出せない人生の方が恥ずかしいね!」 俺はベッドから降りると、早見を寝室に置き去りにして風呂場に向かった。 むしゃくしゃして、シャワーを浴びながら熱唱するうちに、だんだんと死にたくなってきた。 結果を出したところで、他人に恥ずかしいと思われる人生っていったいなんなんだろう。 風呂からあがると、早見が脱衣所に立っていた。 「こわっ!」 「も、申し訳なかった、す」 早見は手を背後にくんで、決まりが悪そうに謝った。 「俺、先輩に死んでほしくないんで。天使真理央との契約解除してくれませんか?なんでもするんで」 「……なんでも?」 「先輩が一番欲しいものをあげます。でも俺、淫魔なんで天使真理央みたいな力は無くて……だから俺の自力になるんすけど……どうっすか。人間の俺と、契約しませんか」 早見は一枚の紙を俺に差し出した。 それはA4のコピー用紙に、手書きで甲は天使真理央との契約を解除し、乙は甲の一番ほしいものを与えると書かれたものだった。 乙の方にはすでに早見のサインが加えられている。 もしかしたら、人生でこれほどときめいた契約書はないかもしれない。 「ちょっと待ってて」 俺はさっと身体を吹くと、脱衣所を出ていった。そしてボールペンと実印を持って戻ってきた。 洗濯機の上で、契約書にサインして、実印を押す。 「やったーーー!!!これでお前は俺の言いなりだ!!わーい!わーい!やったーーー!!!」 そう言いながら捺印した契約書を見せつけると、早見はぶわっと赤面した。 「何顔赤くしてんだよ」 「そんなに喜ぶとは思っていなかったんで……。てかそれ俺が先輩の言いなりになるっていう奴じゃないんで。一番欲しいものをあげるってやつなんで……」 「お前を一生俺の言いなりにさせるって望めば、叶えてくれるんだろ?」 「え、いや、確かに、そうなんすけど。え、それが願いなんすか?もっとありません?金が欲しいとか大手事務所に移籍したいとか」 「お前が俺の言いなりになれば、2億ドルも俺のものと言っても過言ではないし、曲も作ってくれるだろ?」 「うわっ、まじか……最悪……」 俺は早見の前で両手を合わせてお願いのポーズをとった。それを見た早見は半歩後ろに下がった。 「で、さっそくなんだけど、早見くん。お願い聞いてくれる?」 「……なんすか?」 「世界で一枚だけのTシャツが欲しいなあ。君が破ったブランドの」 「…………………はい」 2ヶ月後、シラをきる天使真理央をデロデロに酔わせてお持ち帰りし、早見に引き合わせると、天使はあっさり契約を解除してくれた。 その2週間後、俺と天使の熱愛報道が出て(両事務所否定)炎上後、バンドはさらに人気になった。 「いやーー、スキャンダルが出た時は終わりのはじまりかと思ったけど、アルバム再生数も売り上げも右肩上がりでーーーライブにラジオにテレビ収録に超忙しくてーーーー死にそう。なにこれ……俺死ぬの?全然寝れてない。それなのに来週までに2曲作れって。死ねってこと?」 深夜3時にタクシーで帰ってきて、すやすや気持ちよさそうに眠る早見を叩き起こし愚痴を聞かせる。 「俺つくりますか?」 早見が目を擦りながら言ってきた。 「は?誰がお前なんかに任せるかよ。調子のってんじゃねぇぞ。お前が嗚咽漏らすぐらい良い曲つくってやるよ」 「なんだ、やる気満々じゃないっすか」 「お前の顔見るとやる気がでるんだよ」 「もうそれ告白じゃないですか……」 なんてふざけたことを言い、早見は大きなあくびをしながらいそいそと布団の中に戻っていった。 ソファで曲を作っていた俺はいつのまにか眠ってしまっていたようで、身体に毛布がかけられていた。テーブルの上には、作業途中のパソコンと、その横にはハイブランドの紙袋が置かれてあった。眠気もぶっ飛び、紙袋に手を伸ばすした。リボンで飾りつけられた箱を取り出して、蓋を開ける。中にはブランドロゴ入りのI♡Shotaro Tシャツが入っていた。 おわり
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