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「章太郎(しょうたろう)さん、映画の主題歌決まったって聞きましたよ!すげぇ遠い人になっちゃったなぁ」
俺より2つ年下の早見(はやみ)がしみじみ言った。
彼は高校時代の後輩で同じ軽音部だった。早見は18才の頃、俺とは別のバンドでメジャーデビューを果たすも、将来的に実家の家業を継がなきゃいけないとかで今は普通のサラリーマンをしている。
早見は俺と同じギターボーカルだった。だけど俺よりもイケメンで、俺よりも背が高く、俺よりも良い声で、俺よりも歌が上手くて、俺よりも性格が明るくて、俺よりもコミュ力があって、俺よりも酒が飲めて、俺よりもモテて、俺より売れてた。俺はこいつのことが、正直超羨ましくて、死ぬほど羨ましくて、本当にどうにかなってしまいそうな時もあったけれど、今日は俺のバンドが映画の主題歌を担当することが決まったので、満を辞して早見を呼び出した。この芸能人御用達会員制のバーに。
俺には崇高なる目的があった。
早見!今日はお前から死ぬほど劣等感を引き出してやる!!
「それなのに今でも俺のこと覚えてくれてて、しかもこんなところに連れてきてくれて、嬉しいっす。まじで章太郎さんありがとうございます!」
「忘れる訳ないじゃん、お前のこと。俺も久しぶりに会えて嬉しいよ」
俺は笑いながらあっけらかんと答えた。あいつの目には気さくで優しい先輩にみえているだろうか。
本当は『あれ?早見どこ??急に遠くに行っちゃって……いや俺が遥か彼方に来ちゃって早見が小さく見えるなぁ!お前そんなに小さかったけ?(笑)スーツ似合うな(嫌味)』って言ってやりたい。それを我慢して、早見にドリンクメニューを渡した。
「お前、スーツ似合うな〜」
「ほんとっすか?章太郎さんの着てるTシャツ、ハイブラじゃないですか?着こなせてるのすげー。センスいいっすね」
「これ、世界で50着しか出回ってなくてさ。担当さんがぜひ俺に着て欲しいって出してきてくれたんだよねー!あ、今日は俺の奢りだから、なんでも好きなの飲みな」
「えー!良いんですか!?俺すげー飲みますよ」
早見は言った通り、どんどん飲んでどんどん酒を頼んだ。昔ならそんな早見を見て俺は胃をキリキリとさせていただろう。先輩というだけで奢らされていた過去とは違って、いくら後輩にがぶがぶ酒を飲まれても俺の懐は痛くも痒くもない。もっと飲め。飲んで飲んで飲みまくってそして潰れろ早見!終電逃して徒歩で帰れ!歩き疲れてゴミの上で寝て朝日を浴びろ!あまりの眩しさに泣け!
早見がグラスを空にすればするほど、俺の優越感は満たされていくのだ。
俺の魂胆を知らずに早見はずっと上機嫌で酒を飲み、そして俺の自慢話をニコニコしながら聞いた。
けれど終電の時間が近づくにつれ、なんとなく、奴が時計を見る回数が増えてきた。そろそろ帰りたいなアピールを無視して俺は喋りつづける。
「映画もさ、結構いろんなところから打診されてたんだよね。けど、やっぱ俺なりに俺たちのバンドのさ、やってる意味?コンセプト?があるわけで、それに合う話じゃなきゃ嫌じゃん?でも今回はどうしても俺たちが良いって。原作者の綾美(あやみ)さん知ってる?知ってるよね?めちゃくちゃ賞とかとっててさ、めちゃくちゃ社会現象になったもんねー!!その彼女がね、どーーーーしても俺たちの曲が良いって!彼女すごいよ!実はインディーズの頃からの超古参ファンでー、ファンレターとかもー」
「あぁっ!!すいません、先輩。俺、終電が……」
奴は一瞬の隙をついて、わざとらしく驚いた後申し訳なさそうにおいとましたいと告げてきた。早見は早見で会社に入って飲み会を途中で抜ける技術を磨いてきたのだろうが、俺は俺で芸能界で飲み会を途中で抜けさせない圧を習得したんだ。
俺は早見ににこっと笑いかけた。
「えー、もう帰っちゃうの?」
「明日も仕事なんで」
「久しぶりにあったんだから、もうちょっと飲もうよ」
「いやー、明日ちょっと大事な案件あるんすよねぇ。二日酔いとか遅刻したら、やばいんで。最悪死にます」
「ならなおさらお前を返したくないよ!」
「え?」
あまりの朗報についうっかり声に出してしまった。最悪死にますってことは殺していいってことだよな?俺にはそう聞こえる。神がそう言ってる。このまま酔い潰れて、大事な契約とやらもパーにしろ!俺はなんてダメな奴なんだと!劣等感の海に沈め!
俺の血走った目を見て、早見は少し怪訝そうな顔をしていた。とりあえず、先ほどの発言を誤魔化さなければ。
「なんちゃってー!!」
「どうしてですか?」
「なにが?」
「どうして俺を返したくないんですか?」
「いや、それは……」
早見は揚げ足を取るように、俺のうっかり発言を追求してきた。今すぐ早見の口にボトルを突っ込んでアルコールで窒息させてやりたくなったが、我慢して口角をあげた。
「お前といるのが楽しいからで」
「もしかして俺のことが好きなんですか?」
「好きじゃねーわ!!!!」
くそくそ!またまたうっかり本音を口走ってしまった。いやしかし、この流れはセーフだろ!早見がボケて、俺がツッこんだだけ!
「じゃあどうして俺を帰らせてくれないんですか?酒も死ぬほど飲ませようとしてくるし……」
「た、楽しいからだよ……お前といるのが楽しくて楽しくて仕方ないんだからいいだろ。もっといろよ。そしてもっと飲めばいいだろ!ほら!」
「怪しい。先輩怪しいっす。もう、どう考えても、俺を酔わせてお持ち帰りする気じゃないですか?」
「思い上がるなクソボケゴミカスが!誰がお前なんか持ち帰るかよ!」
早見は驚いた顔をして俺を見た。くそ!良い先輩のふりをして一生俺を敬わせるつもりだったのに……!
早見は『あっ』と何かに気づいたそぶりをみせると、俺に指をさしてこう言った。
「…俺に先輩を持ち帰れと………?」
俺は頭で後輩の頭をどついた。ここが芸能人用達バーじゃなかったら助走つけて飛び蹴りくらわせてたわ。早見の頭は石頭で、俺は頭が痛くなった。奴を酔わせようと自分もペースを上げて飲んでいたから正直かなりキている。もうなんでもいいからはやく解放されたい。押してだめなら引いてみる。
「はあ。もういいよ。とっとと帰れ。早見は俺より仕事が大事なんだろ?」
「別に先輩より仕事が大事って言ってなくないですか?なんすか?突然彼女みたいに。明日は大事な契約があるんですけど、代わりに先輩が契約してくれるなら終電逃して酔い潰れてもいいですよ」
「はあ?契約?いいぜ!ウォーターサーバーでも、生命保険でも、新築マンションでも契約してやるよ。その代わりお前は終電逃して徒歩で帰ってゴミ山で朝日見て泣けよ?」
「ええ、何それ……先輩、俺にそんなことさせたかったんすか?情けな」
早見は俺の悪口を言うと、突然俺のおでこにキスをした。
「うわっ、気持ちわるっ!」
奴の唇が触れた部分を袖でゴシゴシと拭う。
「契約成立です」
「はあ?今のが契約?きもいんだけど!契約書は?実印は?てかそもそも、何を契約したんだ?俺は」
「俺は悪魔なので、悪魔との契約です」
「はあ!?悪魔との契約!?意味わからんしキモい」
「意味わからんとか言ってますけど、章太郎さん。あなた過去に悪魔と契約してますよ。契約して気づいたんですが、二重契約になってます」
過去に悪魔と契約?確かに。確かに、悪魔みたいなプロデューサーにごますって媚び売って枕営業して映画の主題歌をゲットしたわけだが、それを悪魔の契約というのか?こいつに枕したことバレているのか?
「それで契約内容ですが、俺は淫魔なので、先輩と性交して性命力をいただきます」
「淫魔??成功??生命力??」
「性交と性命力のせいは性欲の性ですよ。この契約、セックスをして俺は先輩から性命力をいただき、先輩は俺から快楽を得られるってものです。一生ね」
「いやいやいやいやセックスしないし」
「ちなみに契約反故すると先輩死にます」
「嫌嫌嫌嫌死にたくないし」
早見は俺の肩をぐっと抱き寄せ、ギザギザな歯を見せて笑った。
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