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第2話 幕引きへの萌芽(1)
『メイシア、俺の策が通った。俺が――〈猫〉がリュイセンを解放し、リュイセンに〈蝿〉を討ち取らせる』
メイシアのもとに、待ちかねていた報告が来たのは、夜も更けてからのことだった。
ルイフォンとふたりで『リュイセンを解放する』と誓い合ったあと、ひとまず通話を切った。ルイフォンが、『対等な協力者』〈猫〉からの提案として、鷹刀一族に話を持っていくためである。
その間に、メイシアは異母弟ハオリュウに電話をした。昼間のうちに、鷹刀一族からメイシアの無事を知らせる連絡がいっていたため、ハオリュウが盛大に驚くことはなかったが、やはり電話口の声は震えていた。
異母弟は、ルイフォンの案を支持してくれた。
父の仇である〈蝿〉の処断を、全面的に鷹刀一族に委ねることになるが、それでよいと言ってくれた。ミンウェイが『母親』のクローンだという話は伏せたので、ハオリュウにしてみれば曖昧なところのある策であったろうに、ルイフォンを信用してくれたのだ。
しかし、ルイフォンの側は、そうもいかなかった。彼は『証拠を手にするまでは、ミンウェイの『秘密』を伏せておきたい』と言っていたが、『結局、明かした』――と、硬い声で告げた。
『早速、明日から行動を開始する!』
「うん……!」
ミンウェイの『秘密』を口にしてしまった苦さを振り払い、覇気に満ちたテノールを発するルイフォンに、メイシアの心も奮い立った。
『ただ、タイムリミットを言い渡されたんだ』
「タイムリミット?」
『ああ。〈蝿〉がお前に自白剤を使うと言った日の『前日までに』なんとかしろと言われた。間に合わなければ、タオロンに〈蝿〉暗殺を依頼する、ってな』
「自白剤……」
メイシアは怖気を覚え、無意識に自分の体を抱きしめる。
『自白剤によって、お前が本当はセレイエの記憶を持っているとばれたら、〈蝿〉が何をするか分からないから、って。俺も、そう思う。――だから、明日から三日で決着をつける』
「……」
三日。――たった三日。
それは、あまりにも短いのではないだろうか。
メイシアが眉を曇らせると、あたかも、その顔が見えているかのように、ルイフォンの柔らかな声が彼女を撫でた。
『俺を信じろ』
「!」
彼の言葉は、魔法の言葉だ。
耳にした瞬間に、メイシアの心配は霧散した。気づけば、彼女の口は自然に動いていた。
「うん、信じる。ルイフォンなら、できる」
『ありがとな』
猫の目が細まり、得意げに頬が緩んだのを感じる。目には見えないけれど、心で見える。
『万が一のときにはタオロンを頼れるのは心強いな。何があっても、数日中にお前を取り戻せる保証があるってのは嬉しい。――ミンウェイが『母親』のクローンだという証拠を手に入れても、リュイセンが『それ』をネタに脅された、ということもまた、俺の憶測でしかないんだからな……』
ほんの少しだけ、ルイフォンが弱音を吐く。自信過剰の彼が、気負いもなく素直に吐露するのはメイシアにだけ、ということに最近、気づいた。――おそらく、彼に自覚はないであろうことも。
「大丈夫。ルイフォンだから。リュイセンのことで間違えることはないの」
メイシアは、彼の髪をくしゃりと撫でる。癖の強い猫毛が、自己主張しながら指の間を流れていく。――勿論、錯覚だ。現実ではない。けれど、彼にはちゃんと伝わっているはずだ。
『……そうだな。ここで俺が弱気になったら、ミンウェイに申し訳が立たないよな』
「うん……。……あの、ミンウェイさん……その……、どう……している?」
初めにルイフォンからクローンだという話を聞いたときには、メイシアは耳を疑った。辻褄が合うと納得をしても、それでもまだ信じられない気持ちが残っている。
メイシアがこんな状態ならば、ミンウェイ本人は、さぞ受け入れがたい思いをしていることだろう……。
『たぶん、シュアンといると思う。シュアンの奴、さっさと帰ると言いながら、温室の前でうろついていたのを見回りに目撃されている』
「緋扇さん……?」
どういうことだろうか?
しかし、ルイフォンは、それ以上のことを言うつもりはないようだった。
兄貴分のリュイセンがいない間に、他の男がミンウェイに近づくのを快く思っていないのは確かだろう。ただ、シュアンには世話になっているから強く出られない。そんな雰囲気を感じた。
『明日、生前のヘイシャオの研究報告書を探しに、ミンウェイの昔の家に――ヘイシャオの研究室のあった家に行ってくる。ミンウェイが案内してくれるそうだ』
話をそらすように、あるいは話を進めるように、ルイフォンが告げる。
だからメイシアも、シュアンについてはもう訊かない。それよりも、積極的に動こうとするミンウェイに安堵した。そして、同時に尊敬する。
『ヘイシャオは、妻の病を研究するために〈七つの大罪〉から資金を受け取っていた。だから、成果の報告は義務だ。報告書は必ず存在する。……彼の研究室に残っているはずなんだ。妻の体をもとに健康な肉体を作り出し、その後、その子を育てた――と』
「うん……」
メイシアの声が沈んでしまったからだろう。ルイフォンが、軽口を叩くように言う。
『〈猫〉としては、報告書が電子的に保管されているとありがたいんだけどな。圧倒的に検索が楽になる』
彼らしい言葉に、彼女はくすりと笑う。それからヘイシャオの研究室を思い浮かべ、なんの気もなしに口を開いた。
「〈七つの大罪〉への報告書は、ヘイシャオさんの時代には電子データで提出することになっていたはずだから大丈夫。ただ、彼が生前、使っていたコンピュータが今も動くかどうかは分からない。古いし、埃まみれだったから――」
『――!?』
「けど、紙の書類ならあると思う。几帳面な彼は、報告書にまとめる前の記録ノートを大切にしていたみたいで、そういった資料が棚いっぱいに……」
そこまで言ったとき、メイシアは、はっと自分の口元を押さえた。
「――私、なんで、知って……?」
『メイシア?』
「今のは――セレイエさんの記憶……!」
声が震えた。
半音ずれたような、歪んだ彼女の声を聞いて、ルイフォンが血相を変えた。
『どうした!?』
メイシアの顔から血の気が引いていく。滑らかな白磁の肌が、青く黒ずんでいく。手足の感覚が鈍くなり、自分の体が自分でなくなっていくように思えてくる。
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