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第4話 錯綜にざわめく葉擦れの音(3)
隠してある携帯端末を取り出す前に、メイシアは、まずは全面の硝子窓にブラインドを下ろした。眺めのよい展望室は、逆にいえば外から丸見えなのだ。ファンルゥだって、泣いているメイシアを部屋から見たと証言していた。
そうでなくても、日当たりのよすぎる部屋だ。ブラインドに加えて、適度な空調をつけなければ、この初夏の陽射しでは干上がってしまうだろう。
部屋を整え、心を落ち着けて、メイシアは携帯端末の電源を入れる。
……ルイフォンからの連絡は、まだ来ていなかった。
落胆の息が漏れたが、しかし、代わりにスーリンからのメッセージが入っていた。
――メイシアへ
このメッセージを読んでいる、ってことは、携帯端末は無事にあなたの手に渡った、ってことかしら?
私も一応は関わったんだから、連絡くらい寄越しなさいよ。心配するでしょ?
「スーリンさん……!」
メイシアは一気に青ざめた。
協力してもらっておきながら、お礼を言うのをすっかり忘れていた。いくら急に事態が動き、慌ただしくなったとはいえ、昨日の晩に端末を受け取ってから今までに、時間がなかったわけではない。
なんて失礼なことをしてしまったのだろう。
メイシアは、震える手でメッセージの続きを繰る。
――どうせ、昨日の晩はルイフォンと話し込んでいて、私のことなんかすっかり忘れていたんでしょ? 怒っていないから、ちゃんと白状しなさい。
まぁ、女の友情より、男を優先するのは正しいことよ。いい傾向だわ。
それに私のほうも、夜は仕事で忙しいからね。
くるくるのポニーテールを揺らしながら、にっこりと笑う、スーリンの可憐な姿が見えた。彼女らしい優しさが、小さな端末の画面からあふれてくる。
――事情はルイフォンから、だいたい聞いたわ。本当に、驚いたわよ!
でも、まさかメイシアが私を頼ってくれるなんて思わなかった。だから、嬉しかったわ。
「え……」
こちらから、無茶なお願いをした。なのに『嬉しい』と、スーリンは言っている。
メイシアは、読み間違いではないかと瞬きを繰り返した。けれど、文面は変わらない。
「……スーリンさん、ありがとう……!」
彼女の娼婦という職業を利用した、とても失礼な作戦だった。シャオリエの店と鷹刀一族の関係から、嫌々ながらでも協力してくれると信じていたが、不快な思いをさせてしまうと覚悟していた。なのに……。
――そうそう。あなたのお使いできたタオロンさんに、『素敵なプレゼントをありがとう』と、お礼を言っておいて。
それから、『今度は是非、お客さんとしてお店に来てね』って、お願いするわ。
タオロンさん、こういうお店に慣れていないでしょ? 朴訥とした感じが新鮮だったわ。逞しくて魅力的だし、私じゃなくても、皆、彼にならサービスしたい、って思うんじゃないかしら?
「……」
いくら『仲良しの女友達』のスーリンからの伝言でも、お礼はともかく、お願いのほうを伝えるのは……。
メイシアの顔が真っ赤に染まる。
――メイシアとは、また女の子同士の秘密の話をしたいから、早く、その変な庭園から出てらっしゃい。待っているわ。
それと、あなたに是非、見せたい写真があるから添付するわね。
それじゃ、またね。
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