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第4話 錯綜にざわめく葉擦れの音(5)
そんなふたりの様子を見守っていたエルファンが、おもむろに口を開く。
「ミンウェイ、家の鍵は持っているのか?」
「え? ああ! すみません! 持っていません! ……あの日は、お父様が鍵を掛けましたし、……まさか、もう二度と戻ってこないとは思いませんでしたから、私は何も持たずにそのままで……」
ここに来て生じた大問題に、ミンウェイは口ごもる。しかしエルファンは、さも当然とばかりに「だろうな」と呟いただけだった。
「庭に回っていいか?」
そう尋ねながらも、既にエルファンは歩き出している。
小走りになって追いかけながら、ルイフォンは思う。
セレイエは――正確には、セレイエの〈影〉であったホンシュアは、この家の中に入ったはずだ。メイシアが受け取った記憶が、それを証明している。
きっと彼女は、そつなく鍵を入手していたのだろう。そんな気がする。……なんか悔しい。
裏手に回ると、家と同じく、庭も荒れ放題だった。
鬱蒼とした木々が、ざわざわと葉擦れの音を鳴らす。広く張った太い根に、時折、足を取られそうになるのに気をつけながら、ルイフォンは奥へと進んだ。
高く伸びた雑草に埋もれるようにたたずむ、枯れ果てた温室を見つけると、やはりここはミンウェイの育った家なのだと、なんともいえない感慨を覚える。
「ここがいいか」
唐突に、エルファンが立ち止まった。彼は庭に背を向け、家と向き合う。
呼吸をするような、ごく自然な鞘走りの音――。
エルファンの両手から、銀光が流れ出す。
その軌跡を、ルイフォンは目で追うことはできなかった。気づいたときには、家を覆っていた蔓の一部がばらばらになって地面に落ちていた。そして、今まで蔦の這っていた場所には、大きな窓が現れる。
『神速の双刀使い』
その二つ名は次男リュイセンに譲って久しいが、いまだエルファンの両腕には神技が宿っていた。
彼は両手に持った双刀を一度、鞘に戻し、それから改めて今度は鞘ごと腰から外す。手の中で転がすようにして感触を確かめたかと思うと、神速の御業でもって窓硝子を貫いた。
――!
ルイフォンもミンウェイも、声ひとつ発せぬうちに、硝子の飛沫が奏でる旋律を聞いた。
勢いよく穿たれた穴は、さして大きくはなかったが、エルファンが手を入れる程度には充分で、彼はこともなげにクレセント錠を外し、窓を開けた。
「私が同行してよかっただろう?」
口の端だけをわずかに上げ、エルファンが告げる。
得意げに笑っている……のだろうか?
「……いや、まぁ、それくらいしか方法がないのは分かるけどさ……」
警報でも鳴ったら面倒だと、つい考えてしまうのは、ルイフォンの性質だ。
勿論、こんな古びた家にセキュリティも何もないだろう。場合によれば、電気すら通っていない可能性もある。
そう考え、ルイフォンは眉を寄せた。
通電してない場合は、少々、厄介だ。埃まみれのコンピュータが果たして使えるのか否か試せない。――いや。ここは医者でもあったヘイシャオの研究施設だ。自家発電の設備がどこかにあるはず……。
そんなことを考えながら窓から家に侵入し、ミンウェイに先導されてしばらく歩いていると、不意にエルファンが呟いた。
「……嫌な予感がする」
「え?」
「足元を見ろ。埃の上に、何かを運んだ跡が残っている」
「!」
エルファンの予感は当たっていた。
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