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第1話 咲き誇りし華の根源(4)
ミンウェイが柳眉を逆立てる。
リュイセンの裏切りは彼女のためと言われ続け、今まさに核心に迫ろうとしているにも関わらず、ひとりだけ蚊帳の外であれば当然といえよう。
『私の健康は作られたものだった、ってこと……? リュイセンは、それを秘密にしておくために〈蝿〉に従ったというの!?』
しかし、ルイフォンは、その問いに即答できなかった。
喉に声が貼りつき、言葉が出ない。
中途半端な情報に、彼女が脅えているのは理解できる。けれど……。
「――まだ、ただの憶測なんだ。だから、これから……。分かってくれよ……」
それは口の中で転がされた小さな呟きだったが、全身を苛立ちに染めていたミンウェイは耳ざとく拾い、「ルイフォン!」と彼の名を叫ぶ。
「私は憶測で構わないって、言っているでしょ!」
声を荒立てるミンウェイに、ルイフォンは張り合うように言葉を叩きつけた。
「俺が、構うんだよ……!」
胸が、喉が――熱かった。
慟哭のようなテノールに、ミンウェイが目を丸くする。
「ルイフォン……?」
「いいか? リュイセンは、ミンウェイが『秘密』によって傷ついてほしくないから、俺を裏切った。二度と戻れないのを承知の上で、一族を捨てた。それが、どれほどの覚悟なのか、考えてみろよ!」
「……っ」
鋭く斬りつけるような猫の目に、ミンウェイが息を呑んだ。
「リュイセンが、そこまでの想いで守ろうとしたミンウェイの心を、俺が憶測で傷つけていいはずがない!」
ルイフォンは、視線をミンウェイからイーレオへと移す。
そして声を張り上げ、きっぱりと宣告した。
「俺は――情報屋〈猫〉は、証拠によって『憶測』が『事実』になるまで、ミンウェイに『秘密』を説明することを断固、拒否する!」
イーレオは――鷹刀一族の総帥は、〈猫〉の憶測を理解したはずだ。それでなお、ミンウェイに話すべきだと思うのなら、仕方ない。鷹刀一族の判断として、総帥イーレオが話せばよい。
だが、〈猫〉は口を閉ざすと決めた。
イーレオの視線が、ルイフォンのそれと交差する。深い海のような総帥の瞳は、揺らぎのない凪で満たされていた。
「ミンウェイ、席を外せ」
「お祖父様!?」
「お前は、しばらく会議に出てはならない」
「そんな! 横暴です!」
立ち上がったミンウェイの髪が、華やかに舞う。
「先ほど、お祖父様――総帥は、おっしゃったではありませんか! 『対等な協力者』である〈猫〉に、憶測を詳しく話すことを要請する――と」
彼女は自分の主張の正しさを訴え、咲き誇るように胸を張る。しかし、イーレオは静かに首を振った。
「〈猫〉は、鷹刀一族の総帥である俺と『対等』なのだ。そして、俺は〈猫〉の憶測を理解した。だから、〈猫〉はきちんと要請に応えたことになる」
「そんな……!」
美貌を蒼白に染めるミンウェイに、イーレオはそれまでとは打って変わった慈愛の眼差しを向けた。
「すまんな、ミンウェイ。〈猫〉の憶測は突拍子もなくて、荒唐無稽なものだ。だが、言われてみれば、それしかないと思える」
「お祖父様! わけが分かりません!」
牙をむくミンウェイに、しかし、イーレオは構わずに続ける。
「……正直なところ、俺自身、納得したのに、信じられなくもある。〈猫〉がきちんと証拠を添えて説明したいというのも、もっともな話だ。それが、お前に対する礼儀だというのも、理に適っている」
切れ長の目を大きく見開き、ミンウェイは唇をわななかせた。
「皆、勝手だわ! 私の気持ちはどうなるのよ!?」
心からの叫び。
蒼白だった顔は、上気して炎をまとったかのようだった。
――そのときだった。
執務室の扉が、小さな機械音を立てて開いた。
人の気配。
近づいてくる足音。
そして、場の緊張に気圧されたような一瞬の狼狽のあとに、苦笑が続く。
「おいおい、ミンウェイ。あんたの怒った顔も、そりゃあ美人だが、そんなに目を吊り上げたら魅力は半減だぜ?」
挨拶もなく部屋に入り込んできたのは、乱れ放題のぼさぼさ頭に、血走った三白眼。顔についての講釈を垂れるつもりなら、まずは自分の姿を鏡に映してこい、と言いたくなるような、外見には無頓着な男。
今は私服に着替えているが、本業は警察隊員。しかし最近は、毎日のように凶賊である鷹刀一族の屋敷に顔を出している、緋扇シュアンであった。
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