第1話 咲き誇りし華の根源(7)

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第1話 咲き誇りし華の根源(7)

「ミンウェイの父親ヘイシャオは、妻を生かすために『死者の蘇生』技術を作り上げた。彼が言うには『臓器移植と同じ。新しい肉体に記憶を移すだけ』の技術だ」  ミンウェイが頷き、かすかな草の香が流れる。 「彼は、『記憶』の保存を嫌がる妻を説得してほしいと、親父に電話してきた。そのとき、『肉体』に関してはこう言った」 『救うことのできない肉体の代わりに、妻の遺伝子をもとに、病の因子を排除した健康な新しい肉体を作る』 「結局、記憶の保存はなされないまま、妻は亡くなった。……けれど、ヘイシャオの口ぶりからすれば、『健康な新しい肉体』は既に出来上がっていたはずなんだ」  切れ長の目を瞬かせ、ミンウェイが黙ってルイフォンを見つめた。  その視線を正面から受け、ルイフォンは続ける。 「記憶の年齢まで『急速成長』させるはずだった肉体は、赤ん坊のまま遺されてしまった。……ヘイシャオは、その肉体を――その子を、自然に成長させることで育てた。それが、ミンウェイ。お前だと思う」  ミンウェイが息を呑む。紅の取れかけた唇がわななく。 「つまり、私は……お母様のクローン……。お母様から病の因子を取り除いた、健康な……クローン。――この体は……本当なら、『お母様』になるはずだった……『肉体(もの)』」  ミンウェイは自らを掻き(いだ)き、体を丸める。 「私は、身代わりにされていたのではなくて、……存在そのものが、初めから、『お母様』そのもの……だった。そのために、作られた……。……お父様の態度は……だから……だったの、ね……」  彼女が顔を隠すようにうつむくと、『母親』とは違う、緩やかに波打つ黒髪が華やかに広がった。  ヘイシャオは、彼女に名前をつけなかったわけではない。  彼女を『ミンウェイ』以外の名前で呼ぶことを思いつかなかっただけなのだ……。 「ミンウェイ。これは、あくまでも俺の憶測だ。証拠もなく、事実として捉えるのは早急だと思う。――ただ、こう考えると、すべての辻褄が合う。……という、ことだ」  ルイフォンは猫背を伸ばし、脆く崩れるミンウェイの姿を脳裏に焼きつける。――それが、この作戦を提案した彼の義務だと思った。 「リュイセンには『憶測』で話をしても、『馬鹿なことをいうな』と突っぱねられるだけだと思う。ミンウェイのために、認めるわけにはいかないからだ」  下を向いたままのミンウェイが、こくりと頷く。 「それに〈(フェレース)〉ならば、情報屋として、きちんと証拠を挙げるべきだ。だから俺は、生前のヘイシャオの研究報告書を手に入れて、今の話を『事実』にしてリュイセンに提示する。リュイセンを追い詰めるような真似をすることになるけど、それが俺のやるべきことだ」  ルイフォンは胸を張る。  虚勢かもしれないが、この行動は正しいのだと、自分に、皆に示す。  伸ばした彼の背中で、金の鈴が煌めいた。 「ミンウェイ本人も知っている『事実』など、もはや『秘密』でも、なんでもない。リュイセンが〈(ムスカ)〉に従う理由は消え失せた。――あいつにそう言って、〈(ムスカ)〉の支配から……、ミンウェイの『秘密』を独りきりで背負い、苦しんでいる状態から……、解放してやる」 〈(ムスカ)〉の脅迫は、狡猾だ。  ミンウェイが知りたくもない、ミンウェイが知ったら深く傷つくような『秘密』を聞かされたら、リュイセンは、何がなんでもミンウェイから隠し通すことを考える。それどころか、誰にも知られたくないと思うだろう。――その気持ちを利用して、〈(ムスカ)〉は、リュイセンから『誰かに相談する』という選択肢を奪ったのだ。  生真面目なリュイセンのこと、更には自分の態度から、ミンウェイに何かを感づかれることをも恐れたはずだ。だから、ミンウェイの前から姿を消す決意をした。――だから、二度と戻れないことを承知で、メイシアをさらうという凶行を実行できたのだ。  すべてを黙し、一族を、ルイフォンを裏切ることしかできなかった兄貴分は、どんなに辛かったことだろう――。 「ミンウェイ、すまない。やらせてくれ。――お前の『秘密』を(あば)く行為を許してほしい。俺は、リュイセンを救いたい」  ルイフォンはミンウェイに頭を下げる。うつむいているミンウェイには見えないかもしれないが、そうせずにはいられなかった。 「……っ、う、ううん……。ルイフォン……、私のほうから、お願いしたことよ……! 私は、リュイセンを取り戻したいんだから!」  ミンウェイは小刻みに肩を揺らしながら、けれど、はっきりと答えた。  儚くも強い、柔らかな草の香りが漂う。  不意にシュアンが立ち上がり、上着を脱いでミンウェイの頭からかぶせた。彼女は驚いたようにびくりと体を震わせたが、弱い自分を隠してくれる上着(それ)を振り払うことはしなかった。 「イーレオさん、すみません。そろそろ失礼します」 「シュアン……? もう、帰るのか? ……いや、お前は明日も仕事か」  くぐもった嗚咽の漏れるシュアンの上着を見やりながら、イーレオは低く「ご苦労だった」と付け加える。  シュアンは三白眼を揺らし、それから自分のぼさぼさ頭を掻き上げた。 「…………、俺はちょいと、『座りたい椅子』があるんでね」  それは少しだけ反応の遅い返答だったが、うまいことを言ったとばかりにシュアンは満足げに口の端を上げた。そして彼は軽やかに一礼し、(きびす)を返した。  ルイフォンは、シュアンの背中を見送りながら、『座りたい椅子(ポスト)』などと口にするとは、彼にも昇進への興味があったのかと、意外に思いつつ首をかしげた。  その夜。  庭の片隅にある温室の明かりは、一晩中、消えることがなかった。  硝子の壁が、夜闇に白く浮かび上がる。その中に溶け込むように、密やかな人影がふたつ、ガーデンチェアーに座って寄り添っていた。  同時刻。菖蒲の館にて――。  リュイセンが部屋に戻ると、窓際に小さな侵入者の姿があった。  ぴょんぴょんと元気に跳ねまくった癖っ毛。ふわふわとした毛玉のような頭が、こくりこくりと船を漕いでいる。 「ファンルゥ……」  また来ていたのかと、彼は目を(とが)らせる。  脱走が見つかったら、どんな目に遭うのか。小さな彼女はちっとも分かっていないのだ。 「おい、ファンルゥ。起きろ」  もう来るな、と言った。 『リュイセン、〈(ムスカ)〉のおじさんの手下なんか、やめよう! メイシアをさらってくるなんて、おかしいもん!』  そう詰め寄ってきた彼女を厳しく叱りつけた。 「ふにゃあ……」  ファンルゥが目をこする。  寝ぼけ(まなこ)でリュイセンを見つけると、彼女は実に嬉しそうに、にっこりと笑った。 「リュイセン……、メイシアがね、皆でこの庭園を出よう、って言っているの……。ファンルゥやパパも一緒。勿論、リュイセンもだよぅ……」  寝言のように呟かれた言葉は、幸せな夢を見ているかのようだった……。
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