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 その日の日付が変わる頃。  あるビルの屋上で、京太郎は偽名リズ・シェイマンことリリー・ボウと向かい合って立っていた。話し合いというには、ずいぶんと険が立っている。 『なぜ、勝手なことをした、リリー?目立つだろう?』 『ちょっと遊んだだけよ。そういきり立って怒らなくていいでしょ?』  リリーは反省していない様子で、肩をすくめた。 『遊びで銃を出して見せたのか? たかが女子高生を脅すためだけに。そのせいで、お前が我々のスパイだということがバレてしまった。』 『何よ。他にもいるんだから、いいじゃない。それに、他校に移ればいいだけなんだから、そんなに怒る必要もないでしょ?』 『そういう問題じゃない。相手に学校にもスパイがいるということを気づかせてしまったことが問題だ。今まではいい隠れ蓑だった。これからは、そうはいかなくなる。』 『そうかしら? 日本の法律なんて、ざるみたいなもんよ。簡単だわ。少し地方にいけばいいのよ。わたしを邪険に扱わない方がいいわよ。』  リリーは自分の胸に手を当てて、体を見せつけるように立ち位置を変えた。 『分かってるでしょ、京太郎。わたしは階級が上位の人間なの。いつまでも、こんな所にいたくないわ。』  京太郎はリリーを淡々と見返した。 『ならば、さっさと帰国すればいい。お前の役割はもうない。用事も済んだのだから、帰ればいいだけだ。』 『……まだ終わってないわ。京太郎。あなたよ。』  京太郎は眉根を寄せてリリーを見返した。 『まだ、水口桂香とつきあっているの? 先日、あなたのお父様が怒っていらしたわよ。』 『父のことは関係ない。桂香のことも。』  すると、リリーは笑い出した。 『あなた、知らないの? 桂香、あの女は上層部があなたを見張らせるために送ったスパイなのよ? それなのに、あなたはあんな女にぞっこんになってしまうなんて。  わたしと付き合えばいいの。最初、父は東洋人の男だと渋っていたけど、あなたの仕事ぶりを見て考え直してくれたのよ。』  得意げに話すリリーを京太郎は冷たい目で見ていた。 『話は終わりか?』  立ち去ろうとする京太郎を見て、リリーが慌てた。 『待って。わたしを置いて行くの? 話を分かってるの、あなた?』 『桂香と別れろと言いたいんだろう? だが、別れるつもりはない。』  少しだけ振り返って京太郎が答えた。リリーの目が丸くなる。心底理解できないという目だ。 『なぜ!? なぜ、あんな女がいいの!? 組織でも下位の使い捨ての手駒の女よ! ただ、顔がいいだけの、体を売りにしているような低俗な女じゃない!』  リリーが叫ぶと、京太郎は完全に向き直った。そして、ポケットからピストルを出し、突きつけた。 『二度と! 二度と桂香を低俗などと言うな! もし、今度言ったらお前を殺す。そして、私を誘惑しようとするな。』  本気の京太郎の殺気にリリーの体が震えた。 『……なぜなの? あなたのことを上層部に密告しているのよ? そのために、あなたに近づいた女なのよ。』  京太郎は銃をポケットにしまった。そして、体の向きを変える。 『そんなことくらい、初めから分かっていた。調べればすぐに分かる。それでも、桂香は私が愛するただ一人の女だ。』  そのまま、京太郎は歩いて行く。 『なぜなのよ、後悔するわよ!』  リリーの脅しにも京太郎は振り向かない。 『許さない……!殺してやるわ!』  激情に駆られたリリーは、胸ポケットからピストルを出した。そして、背中を向けて屋上を歩いている京太郎に銃口を向ける。 『おい。もし、引き金を引くつもりなら、その前に俺がお前を殺す。』 『!』 『お前が撃つより俺が撃つ方が速い。分かってるよな? リリー嬢ちゃん?』  真後ろから涼に銃口を背中に突きつけられ、リリーは震えながら銃を下ろした。その間に京太郎は屋上の階段を下りていった。 『涼、あんた、いつの間にいたの?』 『初めからさ。』  リリーは顔を歪めた。 『なんで、あんたなんかに、ため口で話されなきゃいけないのよ。』  涼は鼻で笑った。 『まーたまた。お得意の優生学ですか?』  リリーは涼を悔しそうに睨みつけた。 『どうして、どいつもこいつも、わたしを馬鹿にするのかしら? わたしはこんなに揃っているのに。』 『ぷっ。』  思わず涼が吹き出して笑った。 『そりゃあね。お前の性格を知ったら、お前なんざ選ばないさ。俺が京太郎さんでも桂香を選ぶね。それにお前、俺に対して怒ってるの、前にお前の相手をしなかったからだろ? 遊びの相手はお前自身が選ぶはずで、その相手は必ず服従してくるはずなのに、服従しなかったから腹を立ててるんだろ?』 『わたしの祖国でも組織でも、わたしに選ばれたとあったら、みんな喜んで一緒になるわ…! それなのに!』 『国に帰れよ。ここはお前の祖国でも完全なる組織の中でもない。ちやほやされて育ったんだから、ちやほやされる所に帰れ。これ以上、余計な真似して、京太郎さんの足を引っ張るな。お前が余計なことをするから、こっちの仕事がやりにくくなっただろうが。』 『あんたがさっさとやらないからでしょ!』 『こっちにも都合がある。』  涼はリリーを置いて屋上から去った。さすがに涼に銃を向けようとは思っていない。そういうことはすぐに察知して、逆に撃ち返されてしまう。そういう訓練を受けていると知っているからだ。  リリーが自分を受け入れない馬鹿な男達を見送った後、見計らっていたように電話がなった。 『……はい。』 『リリー、何をしている? それで、京太郎は相変わらず水口桂香と別れるつもりはないと?』 『はい。わたしが何度説得しようとしても、逆に怒る始末です。』 『…そうか。確か日本ではこういうことを……焼けぼっくいに水…違ったな、あばたもえくぼだな。そういうそうだ。惚れ込むとあばたでさえも、えくぼのように魅力的に見えるということらしい。』 『……。』 『…リリー。水口桂香を始末してこい。腹に京太郎の子を宿しているらしい。あんな反逆者の娘などいかん。我々の組織にたてついた者の娘だ。』  リリーは桂香が妊娠していると聞いて、胸を突き刺されたようにぎょっとした。 『え……?』 『分かったな? 必ずだぞ?』 『…はい。』 『それができたら、京太郎のことも考えよう。京太郎の一族は日本ではかなり古い。我々の日本での足がかりを作った一族だ。粗末にはできん。お前と結ばれるとあったら、喜ぶだろう。』  リリーはすぐに、ぎょっとした心が喜びに変わった。 『本当ですか!?』 『ああ。本当だ。』 『ありがとうございます! 必ず成し遂げて見せます!』 『ああ、期待している。』  こうして電話は切れた。
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