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 近田勇太はスマホを見つめた。恋愛ゲームアプリ『あなただけ♡』を起動させる。今、授業中なので、先生に見つかったら注意されるに決まっている。本来なら。  勇太は亀が甲羅から頭を出した時のように、そうっと周りを見回した。大丈夫だと思うが、一応の用心はかかせない。 「……もう、萌絵ちゃん、かわいいなー。そんな言われたら照れちゃうよー。」  左隣の席でそんな声が聞こえたが、誰も振り返らなかった。なぜなら、みんなスマホの画面を注視しているからだ。そして、それぞれがスマホにヒソヒソと話しかけている。 「…やだあ、浩助くん、ふふふ、今は授業中なんだからあ。そんなこと言われたら、大きな声になっちゃうじゃん。」  右隣からもそんな女子の声が聞こえた。どの生徒も耳にイヤホンをさして、スマホに話しかけている。それをいいことに、勇太も耳にイヤホンをつけた。 「いやっほー、花衣ちゃん、待ったー?」  勇太の彼女。スマホの中のゲームの彼女だ。『あなただけ♡』は外国で人気に火が付いた恋愛ゲーム。本来は『I need you!』だったが、日本語では『あなただけ♡』になった。最初は簡単なゲームを自分でクリアしていくのだが、それが実は心理テストで、被験者の深層意識での好みのパートナーを探り出し、AIによって分析され、最適なパートナーを作り出すというもの。  しかも、人気の声優の声で自然な会話もできるし、気に入らなければアプリ搭載のAIによって作り出された自分好みの声で、会話ができるというのが売りだ。  そのパートナーと関係を深めながら、与えられたミッションをクリアしていくという冒険ゲームでもある。その冒険を全てクリアしても、パートナーと話をするという機能は残るため、みんな自分好みのパートナーと話をするために、ゲームをしている。  このゲームは、男女に関係なく最適なパートナーを探り出す。同性とか、そういうことに関係なく、最適なパートナーを作ってくれるのだ。  それで、世界中で大ヒットしている。大人も子供も関係なく、夢中になっている。  勇太は花衣をわざとアニメ調の姿に設定していた。リアルな姿にもできるが、あまりリアルすぎるのは、何だか嫌だったのだ。現実と区別できなくなったら、嫌だし。とりあえず、勇太は自分は理性を保っていると思っていた。  なんせ、外国ではスマホの彼女の方がいいと言って、現実の彼女と大喧嘩し、殺人事件にまで至ったケースが頻発している。  先生は生徒達がスマホを見つめているにも関わらず、注意の一つもしなかった。  なぜなら、彼もスマホを見つめているからだ。最近の授業はずっとこんな感じだ。プリントが机の上に乗っているが、誰も問題を解いていない。スマホを見つめている。  これが日々の日常だった。
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