1

2/5

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
 勇太は地下鉄に乗っていた。駅で電車が来るのを待っている間も、電車に乗ってからもずっと、スマホを見つめていた。  駅の人々もみんなそうだ。みんなそうだから、変だと思わなかった。みんなそうだから、大丈夫だと自分を正当化している。だって、何か罪を犯したわけじゃないし。『赤信号、みんなで渡れば怖くない。』の心理だ。 『…ねえ、昨日も勇太くんったら、授業をサボっちゃったの、ぴょんぴょん。』  うさ耳の花衣が、くるくる体を半分ずつ、右左に回転させながら尋ねる。 「うん。だって、花衣がかわいいからさあ。ずっと会いたいんだもん。」 『ふふふ。ほんと、ゆう』  突然、スマホの画面がブラックアウトした。しかも、電車の車両の中も停電している。ちょうど駅に止まっている時だった。もし、動いている時だったら、人がなだれるように倒れたに違いない。 「なにー?」 「停電?」 「何だ、これ?」  乗客が騒ぎ出した。 「皆様、落ち着いて」  駅員がそこまで言った時、電気が回復した。電車の車両内も電気がついた。 「皆様、落ち着いて下さい。落ち着いて行動をお願い申し上げます。大変申し訳ございませんが、安全を確認してから出発致します。しばらく、そのままでお待ち下さい。」  そんなアナウンスが流れている一方で、乗客達は異変に気が付いた。 「! あ、なんだこれ!? ない!」 「何これ!? ユン君がいないー!」 「アンインストールされちゃったの!?」 「どういうことだ!?」 「ロスト・ラヴだ…! 間違いない!」  誰かが叫んだ。ロスト・ラヴとは、『あなただけ♡』が短い停電の後にアンインストールされている現象のことだ。なぜか停電の間、スマホも使えなくなる。謎の現象で、巷では謎の世界的ハッカー集団『Back』が暗躍しているとか言われている。  勇太も急いで手元のスマホを確認した。すると、いつの間にかゲームがなくなっていた。完全に消えている。ゲームのアプリのアイコンも無くなっていて、その部分が穴になっていた。 「!!」  あまりにショックで声すら出ない。勇太はスマホを凝視(ぎょうし)した。思わずスマホを裏返してしまった。人間あまりに驚くと、意味のない行動を取ってしまうものらしい。どんなにスマホのアプリを捜して確認しても、ないものはなかった。 (うそー!お…俺の花衣ちゃんがぁぁぁ!いなくなったぁぁぁ!)  勇太は半泣きで学校に向かった。しかも、電車が遅れたせいで遅刻もした。だが、先生は(とが)めなかった。一応、先生には電車が遅れたことは伝えた。  がっくりしながら、席についた。だが、他の同級生達は、相変わらずスマホを見つめてニヤニヤしている。ヒソヒソと小声でスマホに話しかけ、じっくり見つめ、頬を赤らめ、興奮している。  なんだか、無性に腹が立ってきた。それと同時に、かなりの異常状態だと気がついた。しかも、先生ですらそれにはまっているのだ。花衣のことを気に入っていたので、すぐにアプリをインストールしなおして、ゲームをやり直す気にもなれなかった。 (なんだよ、これ!絶対におかしいだろ!)  ついさっきまで、自分もその内の一人だったことを棚に上げて、勇太は憤慨(ふんがい)した。勢いよく立ち上がり、手に席を立って廊下に出たが、誰一人勇太に目を向ける者はなかった。 (くそ、何なんだよ、これは!)  勇太は早足で廊下を歩いたが、隣のクラスも自分のクラスと同じ状況だった。どのクラスも同じなのだ。自習用のプリントが机の上に乗っているが、誰一人として問題を解いていない。しかも、先生が注意しない。  勇太は腹立ち紛れに、一階に下りてみた。一年生の授業も見てみたが、自分の二年生と同じだ。今度は三階に行ってみた。三年生も同じだ。 (三年がこれって、ヤバいだろ! ヤバすぎだろ! 受験があるだろ! どうするんだよ、あんた達!)  勇太は心の中で三年生に怒鳴った。それで、心の中で怒鳴りながら、事務室に行ってみた。すると、事務員達もスマホを見つめている。半ば呆れつつ、まっすぐ職員室に向かう。授業がない、体育や音楽の教師もスマホを見つめていた。 「……。」  もう、(おどろ)かない。だって、自分の担任だってそうなのだから。それで、最後に校長室に行ってみた。開かれた校長室を目指していた校長は、校長室の扉を開けていたはずだったが、扉が閉まっている。それで、そっと扉を開けて様子をうかがった。 「ああ、桜子さん。そんなこと、言わないで欲しいな。つれないなあ。」  というデレデレした声が聞こえてきた。スマホに語りかけている。 「……。」 (なんだ、これ!この学校、おしまいなんじゃないのか!)  目が覚めた勇太は、現状に青ざめた。人気の少ない渡り廊下を歩いていると、不良グループの少年達がたむろしていたが、その彼らもスマホを片手にうっとりしていた。スマホに向かって投げキッスをしたりしている。 (う! 何か見たらいけないもんを見た…。)  慌てて通り過ぎた。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加