俺、どぶろくを飲む

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俺、どぶろくを飲む

 もなか村の湧水も浄化し終わり、本格的に酒造りを進めていくことにした。  最初は実験のため異世界ど田舎村産の米を使うことにしたんだが……  なんと驚いたことに、もなか村の酒米と、ど田舎村の米がほぼ同じ品種と判明した。  比べてみると玄米も精米した米もまったく形が一緒だったからだ。一合ずつ炊いて食べ比べた味も同じ。  共通点といえば、どちらの村も龍神伝説があり龍の祝福を受けた米として伝わっているが…… 「もなか村のお米がそもそも、こちらの異世界のお米だったんでしょうね。人と一緒にお米も転移してたのかな」  とはユキりんのコメントである。  日本酒は醸造酒という酒になる。  酵母でアルコール発酵させるのはビールやワインと同じ。  ただ原料の米は酵母のエサになる糖分がない。そのため一度米を蒸してデンプンを糖化させる麹菌をまぶして麹を作り、その麹と水を混ぜたものに酵母を入れるという二段階を踏む必要がある。  ここまでで簡単にどぶろくが作れるようなので、試しに酒造りに慣れるため米の精米と蒸しを始めていくことにした。  日本酒の原料になる米を酒米(さかまい)という。  酒米は玄米を精米した後、心白というデンプンの塊の核部分までさらに精米して磨く必要がある。  酒米の精米歩合は様々だ。こだわりの酒蔵では玄米100%の酒もあるようだが通常は40〜70%てところか。高級酒だと1%まで磨く酒もあるようだがそりゃ例外中の例外だ。  と思ってたらなんと、もなか酒造の日本酒の精米歩合は5〜70%と幅広かった。  5%のものは四合瓶で五十万を超えていた。お、恐ろしかっぺ! 庶民に手の出るお値段じゃねえべ! 高級シャンパンよりお高いのでは!?  と思ってもなか酒造の記録を確認してみたら、富裕層御用達でごく一部の支援者向けの特別醸造酒だったそうだ。年間数十本しか造ってない。  しかも湧水汚染後は造れなくなっていた。  ……湧水汚染さえなきゃ、近年整備されたふるさと納税の返礼品に登録してもなか村の復興に使えたかもって最後の杜氏社長の日記が残っていた。辛いとこだべな……  日本酒最中(もなか)は、もなか村民が日常的に飲酒してたものは純米の普通酒だ。一升瓶で三千円ほど。  俺も東京にいた頃たまに通販してたのはこれ。  主力は精米歩合40%の純米大吟醸だったようだ。何種類か造ってて一升二万から五万くらい。ちょっと贅沢したいなってとき手が出るギリギリの値段だろう。  日本酒は酒米を精米すればするほど味わいが澄んでくる。『綺麗な味』という表現をするんだよな。  俺も何度か飲ませてもらったことがあるが、精米歩合が下がるにつれてどんどん水みたいな軽やかで爽やかな味わいになる。  でも最中(もなか)、普通酒でも雑味ほとんどない飲みやすい酒なんだよなあ。やはり水の影響だったんだろう。  俺は酒造りノートを元に、最初から精米歩合40%で実験することにした。%は精米機のメモリ調整だけで変えられるし。  そこからは試行錯誤の連続だった。  酒造りに使う麹菌や酵母菌も在庫限りだから培養が必要だし。もなか酒造はどちらも自前で生産してたんだな。酒蔵と麹屋を兼ねてたみたいだし。  ただ、元々もなか酒造に酒造りの研究資料が全部残ってたから、手順通りにできるっちゃできた。  最初は研究室の小さな蒸し器やタンクを使って普通にやれた。  難しかったのは精米した後の酒米をどれだけの時間や温度で給水させればいいかだ。  一応研究資料には季節ごと、気温や室温ごとの目安が書いてあったんだが蒸す段階で米が割れたり、逆に溶けかけたりえらい大変だった。  酒造りは温度管理さえできてればずっと人が付いてる必要はない。  けど素人の俺は朝昼晩と毎日何回もばあちゃんちともなか酒造を往復した。マウンテンバイクがあってよかったっぺ!  ユキりんも俺に付き合ってくれてたのは最初だけで、途中から飽きてばあちゃんちに戻ったり、男爵の屋敷の仕事を手伝いに行ったりしてしまった。ユキ兄ちゃんは寂しいです……  なんとか精米、蒸し、麹づくり、酒母づくりも進めて最初にどぶろくを完成させるまで一週間と少し。  もう七月で昼間暑い季節だったから麹菌も酵母も元気いっぱいに発酵してくれて…… 「てなわけで、最中(もなか)のどぶろく試飲お願いします!」  最初に出来上がったどぶろく、五リットルタンク二つ分をもって男爵の屋敷でお目見えだ。  どぶろくは漉さずにそのまま飲む米の酒だ。米はもう麹菌と酵母の力でぐずぐずに溶けているが、簡単にザルで麹を濾してとろみのある水分だけタンクに詰めた。  濾して残ったのは酒粕だ。この段階の酒粕は甘酒作りに使ったのと違ってアルコールが残ってるからそのままだと子供のピナレラちゃんやユキりんは食えない。でも焼いて火を通す魚、肉を漬ける分には問題ない。  俺産どぶろくのお味はといえば。 「おお、最中(もなか)の味だべ!」 「んだなあ。しゅわっとどぶろくも久し振りだあ」  村長と勉さんは喜んでくれた。氷の魔石を向かって冷やして飲むと、火入れしてない酒はガスが残ってて炭酸のかすかなシュワシュワ感がある。  甘みと酸味のバランスの良い爽やかなどぶろくは食前酒にも良い。  ただ残念なことに。 「村の料理とは合わなさそうだねえ」  とは男爵のコメントだ。そりゃそうだ、イタリアの片田舎的な食文化のど田舎村は小麦粉主食とオリーブオイル中心の食卓。元々米の酒がない地域だから料理とのマリアージュどころかお見合いから始めなきゃなんね。 「セイジが前に飲ませてくれた透明な酒は魚や野菜に合ったよね」  そっちは最中(もなか)の普通酒だ。ならやっぱり純米大吟醸の研究をやらなきゃだ。  どぶろくは村長と勉さんがそのまま消費してくれるそうなので、俺は引き続き酒造りの日々になりそうだった。 ※スター100突破ありがとうございます! 何かまたスター限定あげたいですね
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