俺、異世界でドラゴンを食う

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俺、異世界でドラゴンを食う

「皆、召し上がれ」  それから間もなくばあちゃんが持ってきたのは、いつもの見慣れた煮物や漬物、そしてちゃぶ台の真ん中にどーんと置かれた大皿の上には。 「え、ばあちゃん、これローストビーフけ?」  そう、塊肉から薄切りにされた肉の山と、付け合わせのブロッコリーやスナップエンドウ、にんじん、茹でたじゃがいもなどの温野菜だった。野菜はまだまだ、オールもなか村産。 「いんや、男爵からお裾分けに貰ってきたローストドラゴンだあ。最近ここらで魔物や魔獣が増えとるらしくてな」 「んだ、この間の嵐があったべ? 村外れにドラゴンが弱って落ちてたのを捕獲して締めたんだと」 「ドラゴン!? 見た目は牛肉だけんど……」  どうやら村長と勉さんは俺を心配して来てくれたのは本当らしいが、元々の目的は男爵から頼まれたローストドラゴンを届けに来ることだったようだ。  肉の断面は牛肉よりずっと深みのある濃い赤をしている。 「ピナレラちゃんもおるからね。ソースは玉ねぎベースだあ。お酒飲む人は山葵ソースもあるっぺ」 「おお、空さんあんがとう」 「酒はこれだ!」  ようやく出番とばかりに村長が風呂敷包みから取り出したのは、――もなか村の酒だった。  村長が自慢げに胸を張っている。 「ユキちゃんが元気ねえっで聞いだがら。おらのとっておき、持ってきだ」 「最中(もなか)ですか? まだ残ってたんですかそれ」  〝最中(もなか)〟。もなか村の湧泉汚染に苦闘しながらも、村唯一の酒造メーカーが最後のど田舎者根性で醸した日本酒だ。  昔は村民なら適当な空き瓶を持っていけば手頃な値段で分けてもらえたそうだが、酒蔵が廃業した今じゃプレミア価格が付いてオークションでとんでもない値段が付いてると聞く。 「おしゃけ」 「ピナレラちゃんとユキリーンちゃんはジュースだあ」  ピナレラちゃんが日本酒をちょっと羨ましそうに見ている。だが子供二人には、この辺りで採れる山ぶどうで作ったシロップのジュースを。  さてグラスが全員に行き渡ったところで。 「さァ、ユキちゃんの失恋記念に――」 「「「「かんぱい!」」」」 「勝手に記念にせんでけろー!?」  村長、そこで俺のガラスハートにヒビ入れるのやめてけろ! 「ドラゴンしゃん、おいちい」 「うん、おいちいなピナレラちゃん」 「んだ、おいちい」 「おいちいおいちい」  うっとりしながら、ばあちゃんが食べやすく小さめにカットしたローストドラゴンをもぐもぐするピナレラちゃん。  俺たち男三人もおいちい連呼だ。ユキりんだけは「……美味しいです」と控えめ。お前も早くこの輪の中に入るが良いのだ。『ピナレラちゃんのおいちいを見守り隊』に。  しかしローストドラゴンがすごい。ドラゴンといっても、異世界転移してすぐのとき夜空に見た黄金龍のような東洋の龍じゃない。  いわゆる西洋タイプのドラゴンらしい。知性が低くて人里に現れるものは魔獣扱いで討伐対象のようだ。  なら爬虫類の仲間だろうし、トカゲやヘビなど鶏肉に似た味かと思えば、……とんでもない。  作り方はローストビーフと同じようだが、胡椒は使わず岩塩だけを周りにたっぷり擦り付けて焼いたシンプルな調理方法と見た。  緻密で濃厚な肉質、赤身に閉じ込められたジューシーな肉汁の旨味。味は牛肉の赤身のうんと上等なやつの数倍は旨い。  美味いもん食うと脳内で快楽ホルモンが出ると聞いたことがある。まさに今、頭蓋の中では脳汁がじゅわあ~、どぱーんと放出してるのがわかる。めちゃくちゃ旨いですローストドラゴン。  またばあちゃんお手製の玉ねぎソースの美味いこと……たっぷりの玉ねぎとお酢にこれはリンゴの搾り汁を加えたのかな。フルーティーな甘味がドラゴンの濃厚さによく合った。  お酒を飲めない子供二人用に、ばあちゃんはヨーグルトベースのハーブ入りソースも出していた。あ、それ俺も食いたい。  この頃には既に互いに顔合わせをしていたが、まだ村長や勉さんには遠慮がちなユキりんも肉を食べるスピードが速い。  美少女顔してても育ち盛りの男の食いっぷりだっぺ。たんと食うがよい……十四歳だというユキりんだが、奴隷商に囚われてたこともあって、まだまだ細っこくて小さいのでとにかく食わせなきゃいかん。  このローストドラゴンにはワインの赤を合わせたいところだが。  今日は村長が日本酒を持って来てくれたので、山葵をきかせた醤油ソースで一杯やるべさ!
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