俺、自分への弁解

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俺、自分への弁解

 元後輩の鈴木経由で、俺はなぜ元カノに捨てられたかを知った。知ってしまった。 『元カノさんのユウキ先輩へのダメ出し、箇条書きしまーす(えがお)』 『私服がダサい』  ダサい、か……。俺はそもそも日本で服を買う気があまりない。  会社は新橋だったから、普段着といえば徒歩で行ける銀座の大手量販店、あるいはアパート最寄りのファッションセンターの紳士服売り場で適当に買っていた。  似合ってない自覚は自分でもあったんだが、ショッピングモールやデパートのメンズショップに行っても俺の体格で着れる服があんまりないのだ。必然的にサイズ展開の多い大手の量販店ばかりになる。  小学校の頃はサッカー、中学は剣道、高校は野球で大学はバスケサークル。夏はプールや海水浴や川遊びに明け暮れていたし、冬はばあちゃんちからバス二本乗り継いで行けるスキー場通い。  でどうなるかというと、筋肉太りした体型は上も下も紳士服のLサイズが入らない。XLも無理だ。3XLなら余裕だが腕や肩、太ももはパツパツ。入ってもシャツもズボンも他がブカブカ。  お直しがいいよと会社の女のご年配たちに教えてもらったのだが、それやるとシャツ一着が合計で専門店並の金額になる……  スーツは社販で強制的にボーナス天引きでオーダーメードを買わされるから、仕立ても良くピタッと体型に合っている。  だがワイシャツまでオーダーで作らされるとキリがないので、それだけは海外のテーラーに依頼していた。  俺の大学進学と同時に両親が早期リタイヤでタイに移住していた。なので親父に頼んでバンコクのテーラーにその時々の体型の寸法データを渡して作ってもらい、日本に送ってもらっていたんだ。  中国ほど安くはないがタイのオーダーメードもなかなか安いし縫製も良い。日本でオーダーする一枚分の値段で少なくとも三枚作れる。ノンアイロンの形態安定加工なしで良ければ五枚はいける。めちゃくちゃ安い。  普段着も似たような物だ。そもそもタイは小売と問屋の区別があまりない国なので、ショッピングビルに行けばシャツや下着は日本の半額以下。下手すると四分の一以下で買えてしまうのだ。  しかも大抵はどの店も自社工房を持ってて、店によっては店舗の奥に職人とミシンが待機してて、その場でサイズ直しをしてくれる。  大学時代はそうして両親に会うついでにバンコクでばかり買ってたから、日本で買うのが馬鹿らしくて『着れればなんでもいい』になっていた。  元カノは俺がいつも似たようなジャケットとジーンズなのが気に入らなかったようだ。  だが俺にだって言い分はある……男の服にバリエーションなどあるか!  社会人になってから数年は、年二回は両親のいるバンコクに行っていた。  向こうに行けば親父たちの住んでるコンドミニアムで寝泊まりできるからホテル代が不要。航空券が安い時期を狙って。  元カノと付き合い始めた頃から円安が進んだことと、仕事も忙しくなって部下を任されるようになりタイへの足が遠のいた。  バンコクで買ってたジャストサイズの私服も古くなってきて、クローゼットの中身が日本で買った服と入れ替わったのが元カノとの交際時期とリンクする。  元カノは雑誌やSNSで話題のお洒落でお高い店が好きで、デートの費用はすべて俺が払ってたから確かに毎月かなりの出費になっていた。  でも計算してみると、毎年二回タイに行く旅行代とトントンよりちょっとオーバーする程度だった。  そのせいもあって、ますます両親に会いに行かなくなっちまったんだが。  ……同じように、田舎のばあちゃんのいるもなか村にも滅多に帰らなくなっていた。  元カノは田舎嫌いで、ばあちゃんが送ってくれる米や野菜にも一切手を付けない人だったから。  デートはほとんどアフターファイブだったし、私服で会う機会も彼女がアパートに遊びに来るときくらい。  だが……そっかあ……そんなにイケてなかったか、俺……  あまりにも恥ずかしくて、……みじめで、締め付けられるように胸がぎゅうっと痛くなった。  つらい。せめて俺に直接言ってくれてたら、俺だってもうちょっと頑張っていた……と思う……多分……
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