俺、夕飯に男の手料理

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俺、夕飯に男の手料理

 男爵の屋敷から戻ってくるとばあちゃんに出迎えられた。 「ばあちゃん、元気になったか? 夕飯は俺が作るべ」 「ユキちゃん、もう平気だあ。ばあちゃんがやるがら」 「ええから。居間さ行ってろ」  とばあちゃんを居間でネット配信のアニメを観ているピナレラちゃんとユキりんのとこに追いやった。  顔がパンで食べられるヒーローたちのアニメに最近ふたりとも夢中なのだ。一緒に時間を潰しつつヒーロー解説してやってほしい。俺は敵役ヒロインのほうが好きだけどなあ。  相変わらず、このど田舎村と日本はネット回線が繋がったり繋がらなかったりだ。  テレビも見られるから日本のニュース番組も毎日チェックしている。……もなか村消失事件、なかなか大騒ぎになってるべ。  かといって俺たちに何ができるってわけでもねえんだけど。  日本に残してきた親父たちは上手く誤魔化してくれてるようだ。 「さて、鮎はと」  まだ夕方には少し早い。ばあちゃんちの夕飯の時刻はだいたい夜七時。ど田舎村に転移してきてからは六時ごろに早まった。魔導具の電灯はあるが電気のない世界で夜は暗めだ。夜は早めに寝るようにしてるからな。  まだ川原で使った網も洗っていない。七輪で庭で炭火で焼くことにした。  異世界転移して約二ヶ月弱。五月半ばに村ごと転移して、もう七月か……早いもんだ。  この間、ばあちゃんちではプロパンガスが切れた。ガスを使っていたのは台所のコンロと風呂の湯沸かし器だ。だがどちらも異世界の魔石を使えば代替利用が可能だったので問題なし。  木炭はふつうに手に入るので七輪が大活躍だった。  台所であらかじめ鮎をよく洗い、細かい鱗を落としておく。鮎は皮も内臓はそのまま食えるがフンだけは指で絞り出しておくのが下拵えの基本だ。  全体に塩を振ってバットに並べて庭の七輪へ。  居間のほうではピナレラちゃんのはしゃぐ声が聞こえる。顔がパンのヒーローがちょうど活躍してるところと見た。 「外側こんがり、こんがりっと」  皮をパリッと焦げ目が付くまで焼いたらお終い。グリル焼きと違って炭火は本当にすぐだ。数匹ずつまとめて焼いても五分とかからない。  炭はステンレス製の火消しツボに突っ込んですぐ蓋をする。今日みたいな川原でのアウトドアなら水に入れて完全に火消しするが、家なら火消しツボを使えば木炭の再利用ができる。  家や燃えやすいものから離して庭の隅に置いておく。  焼いた鮎を持って台所へ戻る。  ばあちゃんに研いでもらっていた土鍋の中の米の水を軽く切って、冷蔵庫に常備されてるばあちゃん自家製の〝かえし〟を適当にどばどば投入。  〝かえし〟は醤油、みりん、砂糖を煮て冷ました出汁抜きの濃縮めんつゆみたいなもんだ。和食のベースに便利な和風調味料である。  水の量を調整した後、昆布の切れっ端を何枚か突っ込み、その上から焼いた鮎を敷き詰める。あとはコンロで火の魔石を使って炊き上げていく。初めは強火でゴーだ。 「今日は鮎尽くしいくか」  冷蔵庫に昆布と鰹節の混合出汁があったのでそれでもう一品作ることにする。  山で採ってきたワラビをさっと茹でて水で冷やし、数センチにカット。  雪平鍋に出汁、かえし少々入れて焼き鮎をそーっと入れて煮る。最後にカットしたワラビを加えて軽く煮て、焼き鮎の煮浸し。 「育ち盛りにもっと食わせにゃ」  ピナレラちゃんとユキりんを引き取って、俺の意識は独身男から一気にお兄ちゃんもしくはお父ちゃん、……いやお母ちゃん(オカン)に切り替わった。  当たり前のように育てなきゃ、養わなきゃ、食わせなきゃって使命感が芽生えたのだ。  フフ……こうして人は親になるのだな……あとは可愛い嫁っ子さえおれば文句なしだべ!  冷蔵庫にばあちゃんが作り置きしていた叩きキュウリとプチトマト、油揚げの含め煮の和え物を見つけて小鉢に盛る。初夏にぴったりの少し酢をきかせたやつだ。 「あとやっぱり味噌汁……」  おっと土鍋が吹きこぼれてきた。キッチンタイマーをセットして時間差で中火、そして弱火へ変更。  台所の保存庫を見ると朝もぎのナスがあったのでカットして水に浸けてアク抜き。ピナレラちゃんもユキりんもナスの皮が食えるお子たちなので皮剥きはなし。  出汁は鮎の煮浸しと同じ昆布とカツオ節のやつ。ナスは新鮮だと数分で煮えるから楽だ。ばあちゃんの手作り味噌は土鍋の鮎の飯が炊ける頃に温め直して溶くことにする。  よし、これで晩飯ほぼ出来上がり! ばあちゃんほど手際よくないが子供の頃から食ってるメニューだ。まあまあ良い感じではなかろうか。  さすがに日も暮れて暗くなってくる。部屋の電気をつけて俺はふと台所を見回した。  田舎の農村の台所だからな。ここだけで俺が東京で暮らしてたワンルーム全体が入る広さだ。  壁際に食器棚や戸棚。食品庫への木のドアには村役場のお知らせやカレンダー。  出入口の脇に電話の子機があったが今はどこにも通じてないのでコンセントは抜いてある。 「ここ、異世界なんだよなあ」  古い家だが生まれ育った家だ。ホームごと異世界転移してきたお陰でホームシックもなく、ど田舎村にもすんなり馴染んだ。 「おにいちゃ! おてちゅだいしゅる!」  ピナレラちゃんがアニメを見終わったのか、ユキりんと手を繋いで台所に来た。仲良しでユキ兄ちゃんはジェラシーだべ。  後ろからばあちゃんが手を振ってくる。もおー心配せんでも俺だって飯ぐらい作れるて!  会社員時代に描いてたイメージとはだいぶ違ったが、これはこれで有りだなと思う俺の自慢の家族たちだった。  あとは嫁さえ見つかれば完璧なのになあ~。
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