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その頃、日本では~side元カノ、青森の実家への帰省
私は野口穂波、二十五歳。東京新橋の総合商社で庶務課にお勤めしてるわ。
今年のゴールデンウィーク前に、数年付き合った社内恋愛の御米田ユウキ君と別れて二ヶ月。
だけど乗り換えたはずの八十神先輩から理不尽に振られてしまって、私はもう一度ユウキ君と復縁しようと考えた。
元カレのユウキ君は、社内の出世頭。狙ってた女の人も多かった。顔もまあまあ格好良かったし身体も……
そんな彼と私がお付き合いできたのは父方の叔母からもらったパワーストーンのお陰だったかも、と気づいたの。
でも彼は私と別れた後、仕事の失敗のせいもあって会社を辞めてしまった。私は彼が復職や再就職するなら再構築も有りだなって考えたわ。
とてもいいアイデアでしょう? 彼だって私に振られたショックで会社を辞めたぐらいだもの。私から復縁したいって言われたら喜んでくれるはず。
……今はスマホの電話もメッセージアプリもブロックされてしまってるけど、きちんと私の気持ちを伝えれば誤解はすぐ解けると思うの。
私の叔母は青森の霊能者でね。芸能人も通う知る人ぞ知る凄腕だったんだって。私は東京に上京する前、この叔母から『アゲチンの男を捕まえるお守り石』を貰っていたのだ。
そこで私は青森の実家に一度戻ることにした。
週末の金曜日に一日有給を取って、金土日の三日間。
実家に戻ってその足で叔母を訪ねて私が割れてしまったお守り石を見せると、叔母は顔色を変えた。
「何てこと。お前の元カレには強い守護神が憑いているようだ」
「守護神……?」
叔母が割れた石を指差した。すると私が東京の自分の部屋で見たときのような、青く強い閃光が石から吹き出してきた。
そして――石は粉々に砕けた。
「叔母様。これってどういうこと?」
「私が石に込めた念より、元カレの守護神のほうが強い。……穂波、あんた惜しい男を逃したね。こんな守護神持ちの男、滅多にいないよ」
「叔母様、それなんだけど。私、彼と復縁したくて」
叔母は霊能者として自宅に護摩焚きができる祭壇を持っている。よくお客さんの要望に応えてご祈祷を行なっていた。
「この男相手に下手なことはやらんほうがいいぞ?」
「でも。だって、別れた後も何人か男の人とデートしてみたけど彼が一番、私を大切にしてくれた人だから」
「そんないい男だったのに、なんで別れた?」
あまり言いたくなかったけど渋々理由を話した。
元カレのユウキ君が理想の男の人とはちょっとズレていたこと。
アプローチされていた会社の先輩のほうがお洒落で素敵な外見だったこと。
「叔母様から貰ったお守り石を持ち歩かなくなってから、上手くいかなくなっちゃって。効果があるのはわかったから、また叔母様に新しい石を貰えばいいかなって」
「石ならいくらでもある。祈祷で強い念を込めて相手に一度触れさせるといいんだが」
そんなことで良いのなら、いくらでもやるわ。
私は今日このまま叔母の家に泊まって、叔母に深夜、秘密のご祈祷を行ってもらうことにした。
そして日付が変わってから、私は叔母と祭壇のある部屋にいた。
古い倉庫を改装した石造りの離れだ。もう七月とはいえ夜の冷えた空気の中、叔母が護摩壇に火を入れる。
薪を燃やしている間、ずっと叔母が呪文のようなものを低い声で唱えている。
祭壇にはスマホからプリントしたユウキ君の写真と、前貰った茶水晶とは違う、真っ黒な石の欠片。黒曜石だそうだ。
「――駄目だ。この男の魂が見つからない」
三十分ほど祈祷して叔母が護摩焚きを切り上げて、後ろの席で待機していた私を振り返った。
「どういうこと?」
「お前の元カレの魂に念を引っ掛けようとしたんだ。またお前の元に戻ってくるようにと。だが、見つけられなかった」
「そんな。どうすればいいの?」
「相手の男を直接私のところへ連れてくるか、私の依代をお前に預けるからお前が相手のところに行って渡してくるかだね」
「………………」
連れてくるのは難しそう。もう別れてしまってるし、いま相手からはスマホの連絡先も全部ブロックされてしまっている。
「ユウキ君、田舎に戻ったって言ってたわ。確か……もなか村だったかしら」
「もなか村!?」
叔母がいきなり大声をあげた。
「穂波。お前の彼氏、もなか村出身なのか?」
「え、ええ。すごいど田舎で。うちの実家より僻地よ。行くだけで一日近く潰れる辺鄙な場所らしいわ」
「お前、そのもなか村が今どうなってるか知らんのか?」
「?」
護摩壇の炎の始末をして、叔母と一緒に家に戻った。
居間で週刊誌を渡される。表紙の煽り文句を見て驚いたわ。
『突如村ごと消えた限界集落、もなか村』
巻頭ページのタイトルやキャッチコピーに信じられない言葉が並んでいた。
『限界集落まるごと消失! 東北の僻村を襲う現代オカルト現象とは』
『もなか村役場バイト御米田ユウキ、ネット掲示板への書き込み』
『リアル異世界転移を人気ライトノベル作家――――が語る』
「なに、これ……」
このとき初めて、私は会社を辞めた後のユウキ君が故郷の村ごと行方不明になっていることを知った。
もう別れてから二ヶ月経った頃のことだった。
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