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俺、異世界で最初に覚えた魔法はクリーン
もなか酒造に到着したのは午前十時頃。
掃除が必要なのは事務所併設の酒蔵のほうだ。
酒蔵は平屋の建物で、酒蔵はもちろん事務所もかなりの広さがあった。社長室、応接室、事務室、倉庫、杜氏たちの控え室、それに食堂まで建物内にある。
最盛期は杜氏含めて五十人近い社員を抱えていたもなか酒造。そう、もなか村の税収を支えていたのはこの会社だったんだ。
屋台骨がぐらついたら後はもう坂を転げ落ちるようなもんだ。
酒造りの要である湧水汚染で酒の品質が落ちると売上は急落。すぐに社員たちに満足な給料を払えなくなって、隣町の地銀に慌てて融資を申し込んだが銀行が落ち目の会社に金など貸すわけがない。
あっという間に社員たちはいなくなり、社長の家族と一族だけで細々続けるも、数年前の社長の引退と逝去でついに廃業した。
「……酒田さんち、遠縁なんだよなあ。まあもなか民みんなどっかで血は繋がってるんだけどさ。……ゴホッ」
さすがに数年放ったらかしの事務所はホコリがすごい。床を見ると小さな虫の死骸もあちこちに。山裾の建物の中だからな、やっぱり虫は多い。
「ユキりん。この機械の使い方覚えてくれ。このスイッチを押すと動くから」
俺はもなか酒造にあったコードレス掃除機の使い方をユキりんに教えようとした。
だがユキりんは不思議そうに首を傾げている。
「ユウキさん。こんな広い建物を手で掃除してたら終わりませんよ。――清浄魔法!」
ユキりんが言うなり、鮮やかな紫色の魔力が室内を駆け抜けた。――ユキりんの魔力の色だ。
思わず目を瞑ってしまった俺が恐る恐る目を開けると……ホコリっぽく虫の死骸だらけだった広い事務所の中は清浄な空気で満たされた。
室内を確認する。デスク上や棚の上、くすんでいた窓ガラスまでペッカペカ!
「はい、おしまい」
「ま、魔法? 魔法かこれ!?」
「そうです。ユウキさんも王族の血を引いてるなら魔力あるでしょ、使えると思いますよ。練習しますか?」
「お願いします、ユキりん先生!」
「ま、まあ、そこまで言うなら。お教えしますけど」
先生と呼ばれて照れくさそうなユキりんの可愛いこと。このままツン期が終わってデレ期突入するかも!?
それからユキりん先生のご指導のもと建物内にお掃除魔法清浄魔法を試していった。
「清浄魔法は生活魔法の基本です。それなりに魔力を消耗するから、日常使いするのは魔力量の多い王族や貴族が中心ですね」
「あ、それ男爵から借りた魔法大全に書いてあった。確か元はダンジョンの糞尿汚染防止に開発されたって」
「ええ。ランク初級から体内の排泄物処理ができるんです。三日以上連続して使うと身体に負担が大きいので……普段は部屋や身の回りの掃除に使うぐらいです」
初めて異世界らしい魔法に触れた俺は、テンション上げて清浄魔法を使いまくった。
しかもわざわざ努力して覚える必要もなかった。『清浄魔法と言う魔法』の情報が入ったユキりんの魔力の塊を貰って、胸の辺りから体内に吸収させる。それでもう俺は同じ魔法が使えるようになった。
この世界の魔法はお手軽インストール式のものが多いようだ。もちろん修行しないと習得不可のもののほうが多いそうだが。
「ステータスオープン!」
保有スキル欄に『清浄魔法(初級)』と表示されている。
これは最初にステータス確認したときにはなかったものだ。
「最初は誰でも、どんなスキルでも初級からなんです。清浄魔法は数をこなせば誰でも中級までランクアップするから試してみてください」
「了解。手始めにこの建物を清浄魔法しまくるぜ!」
気合いの入った俺にユキりんが笑う。あーやっぱり可愛い。こういう綺麗めな顔が好みなんだよなあ。
……ユキりん。お兄ちゃんがおるならお姉ちゃんもおらんか?
とよこしまなことを思いながら覚えたての清浄魔法をバンバン使っていく。
ユキりんには俺が数をこなしたいため、その辺の椅子に座って監督してもらうことにした。
『清浄魔法!』
『清浄魔法!』
『清浄魔法!』
まだ初級の俺は一度に広範囲はペカペカにできぬ。時間がかかるが、昼頃まで繰り返せば事務室エリアぐらいは終わりそうだった。
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