俺、お昼は鮭の粕漬けおにぎり

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俺、お昼は鮭の粕漬けおにぎり

 いただきます、と手を合わせてはぐっと大口開けてかぶりつくと、笹の葉の爽やかな香味とほのかな塩味のごはん。 「お。焼き鮭だ」  ただの焼き鮭じゃない。昨日男爵から貰ってきた生鮭を粕漬けにしたやつだ。両面こんがり焼けた鮭を粗くほぐした身が詰まっている。  コンビニおにぎりなら絶対二百円以上するやつだ。おにぎり専門店ならもっとお高い感じの。 「………………」  ユキりんは無言だ。ひたすら一個めのおにぎりをもぐもぐしている。  と思ったら派手に喉に詰まらせた。あーあ、だからちゃんと噛んで食べれ?  湯飲みを渡すとお茶を慌てて飲んで胸を押さえてようやく一息。 「な、なんですかこれは! こんな最高の鮭、食べたことないです!」 「お、粕漬け気に入ったか。こりゃ将来は飲兵衛の素質有りだぞう」  酒粕漬けの魚の味わいはなんとも表現に尽くし難い。酒粕に味噌やみりんを混ぜた粕床が魚の旨味と合わさるとこう……こう……!  甘じょっぱ美味いんだよなあ……特にばあちゃんは糠床も粕床も配合名人だ。なに漬けさせても美味い。適当に木綿豆腐やチーズやら漬けてもいけるのだぞ。あと何げに茹で卵が美味。豚肉なんかは漬けずに薄く塗って焼くのもよか。 「この鮭の酒粕漬けで日本酒きゅーっといくのが堪らんのだ。早く日本酒さ造らねえとな。ユキりん、酒粕も残り少ねえんだ。美味い鮭食いたかったら酒造りを成功させねえと」 「え……」 「ほら、昨日持ち帰った酒粕のパック覚えてるだろ? あと二パック残ってるけど見本に残しておきたいから……。あれって日本酒作るときに出る絞りカスみたいなもんだから」 「!?」  ユキりんがショックを受けた顔になっている。うちで引き取ってから毎日お腹いっぱい食わせてるが、気に入ったものが食えないとなれば辛かっぺ。  そんなユキりんは残りのおにぎり二個をじっくり、中の鮭ごと少しずつ味わって食っていた。  まだまだ男爵から貰った鮭はたんまりあったし、あと数日は食えると思うぞとは言い出せなくなった雰囲気。  午後からの掃除はユキりんが張り切って、ものの数分で残りの部屋や設備はきれいになった。 「これでニホンシュ造り、今日から着手できますね! ……え、ちょっとなにするんですか、やめてくださいっ」 「うんうん。そうだなあ、一緒に酒造りしような」  自慢げにドヤ顔で胸を張るユキりんがめちゃくちゃ可愛い。これはもう頭撫で撫でするしかない。全力で撫で撫でした。  出会いが出会いだっただけに、年相応の子供らしい態度を見せてくれるのが俺はもう嬉しくて仕方がない。美味い飯食いたいから張りきるとか可愛すぎだろう。  さて、建物も設備も掃除し終わって、じゃあすぐ酒造りできるかといえばそうはいかない。  酒蔵は主に三セクションに分かれている。米を精米し洗って蒸す部屋、麹を作る部屋、そして最後に酵母を入れて醸造する巨大タンクのある部屋の三つ。 「研究室もありましたね」 「んだ。一つの部屋の中で全部の工程こなせるみたいだから、しばらくそっちで試行錯誤だ」  もなか酒造には酒造りの手順ノートがすべて保存されて残っている。  しかし専門用語も多いので、素人の俺にはわかりにくい。そこでスマホ様の出番だ。  ここがスマホが繋がるタイプの優しい異世界でよかったべえ……ネット検索して日本酒造りの知識を検索かなり詳しく調べることができた。  もなか村の日本酒米は「最神(さいしん)」という地元の固有品種だ。江戸時代より前から栽培されてて、食用米のささみやびよりずっと古い。  もなか酒造の日本酒の銘柄は「最中(もなか)」。最盛期には日本酒の分類である普通酒、純米酒、吟醸酒などぜんぶ作ってたそうだが、最後の杜氏社長の晩年には作りやすい普通酒のみだったようだ。  事務所にあったノートを一冊失敬して表紙にどーんとペンででっかく書いた。 『もなか酒復活プロジェクト』 「異世界で酒造りだからな。新銘柄……どんな名前がいいかな?」 「モナカじゃダメなんですか。もなか村のお酒なんでしょ?」 「だって水も米もど田舎村のもんだべ? 異世界産の材料使うのに最中(もなか)のままも微妙だろ」 「じゃあ……」  とユキりんがいくつか新しい銘柄名の参考になりそうなワードを挙げてくれた。  もなか村、異世界、日本。  御米田、ユウキ……この辺はやめてけれ恥ずかしい。それならユキリーンも候補に入れろと言うとユキりんはあっさり取り下げた。  アケロニア、アルトレイ、領主の男爵の家名ブランチウッド……  ああだこうだ言いながらメモに書き出して、ひとまず決めたのは「異界最中(いかいもなか)」だった。異世界の水と米を使ってもなか村の酒を作るの意味そのまんま。  日本酒は温度管理さえできれば二ヶ月で完成する。  こんなに早く掃除が終わると思ってなかったから、今日はまだ米も持ってきてない。 「本格的な酒造りは明日から。酒米を精米して蒸すとこからだな」  主だった作物は村民たちから男爵が一度集めて、近隣の町や村、国内の市場に卸してるとのこと。  まだ午後の早い時間だし、今日のうちにど田舎村の米を貰ってくるとしようか。
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